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残ってるのがあと一人というのもあって室内がいきなりシンとして、聞こえるのは店内にかかってるスローテンポの静かなBGMだけ。
「シバちゃん、お前知り合い?なんかあの人お前のことすげぇ見てなかった?」
「ん、なんか見てた。でも知らない。今日が初めてだよ。あの顔は見たら1発で覚えそうだもん、間違いない」
含み笑いをしてこっちを見上げてくる瞳が、照明を反射してキラキラ光る。
シバちゃんってすごい振り幅があって、目端のきく鋭さを覗かせて男前!って思ってたら、時折こんな風にひどく無防備な、かわいい印象になることもあった。
けど、それに油断して「わー!かわいー!」ってやっちゃうと、途端にガブッて来ることあるから要注意。シバだけに。ぷぷ。
…って言っときながら、俺すぐそれ忘れて痛い目見るんだけどさ。
だってさ、こんな顔で見上げられたら……つまり子犬みたいな顔でさ……思いっきし撫で撫でしたくなるでしょ?
「やめろや」
シバちゃんは俺の手から体をよじって逃げて、院の入り口の「OPEN」の札を「CLOSE」にひっくり返した。
そーか、もう終わりの時間だ。総ちゃんがみてる最後の患者さんが帰ったら本日のお仕事は終了~。
ベッドの間を仕切るカーテンをすべて開けて、午後の分の汚れ物を集めて洗濯機に入れ、「おいそぎコース」で洗濯開始。
シバちゃんはレジのチェックをしてる。金に細かくてキッチリ管理するからちょー適任。
総ちゃんは、入口から見て一番奥の、カーテンではなく壁で仕切られててちょっと他より広めにスペースを取られたベッドでオイルマッサージ中。患者さんは女性だけど、ご指名だからね。
間違いなく総ちゃん目当て。でも総ちゃんが患者対施術者の関係を崩したことは一度もない。当然っちゃ当然だけどさ。
もっとあからさまなアプローチしてくる患者さんもいるけど、もうね、かわし方もスマートなの!慣れてんだろうなぁ……
「では、ゆっくりお着替えくださいね。失礼いたします」
低く穏やかな声がして、総ちゃんが入口のカーテンを控えめに開けて外へ出てくると、俺を見て手で挨拶をして、そのままスタッフルームに入って行った。
数分後、血行の良くなった顔をした患者さんが満足げに出てきて、会計を済ませて帰って行った。
「ぜえったい、院長目当てだよね、やぁらしー!!」
文句を言うのはうちの唯一の女性スタッフ渡井未華子。夜は特になんだけど、男が施術者の場合トラブル防止のために女性スタッフを置いてるとこはすごく多い。
患者さん側の安心のためもあるし、逆セクハラというか、施術者がトラブルに巻き込まれるのを防ぐって言う意味もある。
3か月遅れで入ってきた彼女のことを俺達は「未華ちゃん」とか「未華子」って呼んでた。さばさばしてて明るくて、すごく付き合いやすい同僚。
女の子としてはタイプじゃないんだけど……って、そんなこと聞いてないって?
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