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コトの始まり
Side:幸汰
遅い……
遅い……
おっそーーーーーい!!
『待ったぁ?』
『ううん……そんなに……』
可愛い彼女のためならば。待ちますとも。1時間くらい、余裕で……なんて……
「だから別れろって言ってんの。あんたもあんただよ。文句の一つも言ってやれよ」
「わ、分かってんだけど……可愛いんだもん……」
患者さん用のタオルを洗濯機から出しながらパンパンしわを伸ばしていた小柴和樹ことシバちゃんがチッと舌打ちをする。
「あんたがそんなだから相手が増長するんだよ。はぁ、胸クソわりぃ」
一緒にタオルをパラソルハンガーに干していきながら、俺はシバちゃんの冷たい視線に身をすくめた。
ちょうど今、ここ「さおとめ鍼灸整骨院」はお昼休みの時間帯。午前中の患者さんに使ったタオルや患者着なんかを洗濯して干してるとこ。
駅が近くて駐車場も完備しているウチは利便性の良さで患者さんの数も多い。
高校時代、バスケで靭帯を痛めた時に、整骨院に通ったのがこの世界に入ったきっかけなんだよね。ちょうどそん時、柔整師の免許を取るために学校に行ってた幼馴染みの総ちゃんに紹介してもらってさ。
そんで俺は柔整師の学校卒業して免許取って病院で働いてたんだけど、2年くらい経ったときに総ちゃんが、開業するから働かないかって声かけてくれて俺は喜んでここに来たってわけ。
シバちゃんはそん時からの同僚。あっシバちゃんは柔整師じゃなくて鍼灸師。もう3年の付き合いでさ、年下なんだけど、なんていうか頭の回転が速くてしっかりしてて……すごく頼りになるんだよね。
「とにかく。本格的に泣く前に別れなよ?振られるまで引っ張るから傷が深くなるんだよ」
「なんで振られる前提なんだよっ」
「前例から導き出した、もっとも有力なあんたの未来」
くぅ~っ可愛くないっ!見た目可愛いくせに……
俺は唇を尖らせながら、タオルをかけ終わったパラソルハンガーをスタッフルームの天井付近に張られたロープにひっかけた。
さて……夕方の部が始まるまでは、しばし休憩。
「どうする?シバちゃん、お茶でもしに行く?」
「昨日遅かったから寝とく」
「また夜な夜なマンガ~?そーゆーの、医者の不平等……ん?」
「不養生だろうが。馬鹿か」
ぬぬぬぬ……可愛くない、可愛くないっ!!
ずらっと並んでる患者さん用のベッドの一つにカーテンを引いて、シバちゃんはしっしっと手を振った。
いいもんね。一人でお茶するから!
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