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口からこぼれたあぶくが、吸い込まれるように昇ってゆく。
吸い込まれてゆく先には、水面があった。水面を上から眺めたときには、青くて平たいという印象しかなかったけれど、いざ水に身体を包まれてみると、巨大な生き物の中に入ってしまったような感覚だった。下からまじまじと見た水面は、静かに打つ波の動きに寄せて絶えずかたちを変えながら、線みたいな影を落としている。あそこより上に顔を出せば息ができる。それがわかっていても、しょっぱい水が雪崩れ込んできて喉を灼いた時点でそれは諦めた。
水面の近くはひかりの屈折や反射のせいでひどく明るい。明るすぎる箇所は白くみえた。ひかりがあぶくを喰う。そんな光景だけが、何度繰り返されたろう。
ぼくは沈む。ひかりから遠ざかる。酸素不足で脳が痺れていて、手足はもう動かない。霞む目で水面のひかりを睨む。
ぼくは沈む。まるで底なしの中をずぶずぶ嵌まり込んでゆくように、いつまでも、どこまでも。
ぶくぶく、ぶくぶく。
ぶくぶく、ぶくぶく。
波の音が聞こえる。
縫いつけられたように重い瞼を渾身の力で開くと、まず空が見えた。かすかにグラデーションがかって、綿あめみたいな雲との境界線が曖昧な空。盛夏にはほど遠い、どこか湿っていて、滲んだような青色。視界の端をカモメが一羽、泳ぐようによぎってゆく。
両手をついて上半身をゆっくり起こし、自分が波打ち際の白い砂浜の上に横になっていたことに気づく。砂浜についた両手の手首まで波が浸し、いったん引いてはまた寄せた。着ている服はぐっしょり濡れて、肌にぴたりと張りつく。何かわからない海草が腕や足に巻きついている。
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