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傍らで、砂をざくざく掻くような音がした。誰もいないと思っていたから驚いて振り向くと、そこにいたのは女の子だった。彼女とは腕を伸ばせば手が届きそうな距離なのに、ぼくと彼女の決定的な差は、ぼくはまだ波に洗われているのに対して、彼女の一歩手前で波は力尽きて、彼女をちっとも濡らさないことだった。
彼女はしゃがんだ体勢で、片手につまんだ貝殻を陽のひかりに透かし、目を眇めて見ていた。淡いピンクで色合いがうつくしい貝殻と、彼女の爪の色は同じにみえた。ぼくも爪を見たが、彼女のより色が薄くて白っぽく、いかにも冷えた手みたいだった。
とろりとした残暑があたりを包んで、彼女のこめかみにもうっすら汗が浮いていた。しかしぼくは、じくじくと浸みた服のせいか、とても寒かった。ひかりもぼくには届かなかった。ぎらぎらした太陽と白い砂浜が似合う季節は終わりを告げようとしている。
ふいに彼女がぼくを見た。目が合ってしまった。ぼくは話題に困って、咄嗟に頭に浮かんだことをよく吟味せずに口に上らせた。
「海って、思ったより青くないんだね」
世間話のつもりだったのだが、彼女のお気に召さなかったらしい。歪んだ表情と、軽蔑を含んだ視線がそう物語っていた。
ぼくはあれこれと弁明した。海の深いところは確かに青いこと、しかし海面近くの陽が射し込むところの水はひかりを透かして、やはり水は透明だと思わせること、そんな内容を、表現のしかたを変えて延々述べたてたが、ぼくの舌は空回りするばかりで、彼女には響かなかったようだ。
「ばかじゃないの」
彼女は吐き捨てるように言った。ぼくも何を必死になっているのだろうと顔を赤らめた。
たぶん、彼女は、ぼくのことをわからない人間だった。ぼくと彼女は同じ景色をちがうふうに見ている。ぼくが思ったより青くないと言ったこの海の色を、彼女はきっと砂浜に映えるマリン・ブルーだと反駁するだろう。
思ったとおり、彼女は口を開いた。しかし、その唇から放たれた言葉は、ぼくが予想した反駁でも、さらには嘲笑でもなかった。興味も期待も、そして不満も失望も、何にもひそませない、ただ事実のみを淡々と告げる声だった。
「わたし以外に、海に拒まれる人を初めて見た」
ぶくぶく、ぶくぶく。
ぶくぶく、ぶくぶく。
海が人を拒むという、彼女が告げた内容を咀嚼するのに、いくらか時間がかかった。ぼくは慎重な態度で、誰でも拒むのかと尋ねた。彼女は首を振った。どうやらこの海には人間の好き嫌いがあるようだ。たとえいったんは呑んだとしても、砂浜にぺっと吐き出して、ひとつに溶けあうのを許してくれない。
「海にも嫌われちゃったかあ……」
そうため息とともにこぼすと、ぼくはまた滲むような空を見た。そのときにはもう、カモメの鳴き声ひとつ見当たらなかった。
「きみは、何回?」
ぼくの舌足らずな問いかけでも、彼女に意味は通じたようだった。彼女は水平線を見たまま答えた。爪の色をした貝殻を片手に握り込んで。強く握り込むあまり、指先のほうの爪の色まで白っぽくなった。
「六回」
そりゃずいぶん海に嫌われたもんだねと茶化したら、彼女の「ばかじゃないの」は二回目を数えた。声を低めて、まるでぼくの軽薄そうなもの言いが気に食わないとでもいうように。
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