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小さき脆弱なるものの生存競争
草木も眠るまだ肌寒い初春の丑三つ時、一人の青年が春眠を貪っていた。
春の新生活を始める学生気分の抜けない新人の教育係を任され、右も左も分からない新人に社会人のいろはを教えるのは手間がかかり疲れることも多く、ここ数日は春眠暁を覚えずをままに夜は深い眠りに就くことが多い。
人間の眠りと言うものはレム睡眠とノンレム睡眠の二種類がある。簡単に言えば浅い眠りと深い眠りと言うことになる。眠りの最中と言うのはこの二つが定期的に入れ替わっている。青年が浅い眠りであるレム睡眠に入った瞬間、青年の眠りを破る忌まわしき音が耳に入ってきた。
ぷ~ん
蚊の羽音である。本来ならば夏に猛威を振るうはずの蚊がなぜ初春にいるのだろうか。実は蚊は通年性の虫であることはあまり知られていない。つまり、越冬可能なのである。
青年の耳元に飛来した蚊は長い冬を越えたのである。
青年は甲高い蚊の羽音に不快感を覚え、眠りから目を覚ました。そして直様に蚊がいたと思しき頬を叩く。
パチン!
軽快な音が青年の部屋に響き渡る。青年は部屋の照明を点けて、自らの手のひらをじっと眺める。そこにあるはずの蚊の轢死体はない。
青年は蚊を仕留めることに失敗したのだ。青年は悔しがり部屋中に響き渡るような舌打ちを放つ。すると、青年は唇に違和感を覚えた。どういうことだろうかと下唇に軽く触れると、何かぷっくりと膨れている、それにじんじんと痒みを覚える。
最低最悪の接吻としか言いようがない。
「ちきしょう、唇を蚊に刺された」
薬…… 薬…… 青年は虫刺されの薬を備え付けの薬箱から出そうとした。糊スティック状の虫刺されの薬を唇に塗ろうとした瞬間にパッケージ裏の注意書きの文字を見てその手を慌てて止めた。
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