死人学級、崩壊中――生き返るのは僕じゃない

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 当の常滑は、ゆっくりと立ち上がった。僕は更に叫ぶ。 「その時、常滑先生も死んだ。さっき先生は『この教室内全員で殺し合い』って言ったね。先生も入ってるんだよ。そして今、高見の見物をしている部外者の振りして、人数が減るのを待ってる!」  ヒュン、と風を切る音がした。見ると、常滑の手には伸縮式のステンレス製指示棒がある。それがまるで鞭のようにしなり、手近にいた男子生徒の首をバシッと吹っ飛ばした。 「こんなに簡単に死ぬのだから、リーチのある軽い武器が有利ですね」 「常滑ェェ! お前のせいで!」と高梨が叫んで常滑に向き直る。  目論見通り、クラスの標的は僕らの死の元凶に移った。僕は更に机の陰に隠れ込んで、みことを抱き締めた。 「君を生き返らせる。みことは隣のクラスだったんだし、決して死んでいい人じゃない。皆を利用してでも勝つ。絶対に負けられない」  僕は、既にそう覚悟を決めていた。  高梨が常滑に突っ込んだ。常滑の指示棒が唸る。高梨は、持ち前の動体視力でそれを見極め、捕まえようとした。  可能だったろう。彼女が、本来の肉体なら。しかし指示棒の先端を確かに捕まえた高梨の右手は、薄いロウ細工のように吹っ飛んだ。  束の間茫然とした高梨の側頭部に、返す刀の指示棒が打ちつけられ、スイカのように割れた。  残った生徒の誰もが、たたらを踏んだ。常滑は許せないが、やられては元も子もない。その躊躇に付け込んで、常滑が奔った。  何色(なんいろ)もの悲鳴と衝撃音、それに血と肉塊が撒き散らされる。 「今だ……僕らで隙をついて挟み撃ちに……あれ? 氷室?」  僕は辺りを見回した。そういえばさっきから氷室がいない。 「氷室くんなら、ここ」  そう言うみことの手に、血に塗れた氷室の首があった。 「……え? みこと?」 「放っておいたら、いつ襲ってくるか分からないから。私、陽太くんにどうしても生き返って欲しくて」  いつも通りのクールな微笑み。 「う……うん……ありがとう」  僕は立ち上がった。 「ねえ、みこと。僕は、自分の死に際を思い出したと言ったよね」 「ええ」 「だから、今は分かる。僕は常滑の薬で死んでいない。ロープで首を絞めて」  みことが息を飲んだ。その時にはもう、僕とみこと以外の生徒は全て血だまりに沈んでいた。 「あと二人、ですね」と常滑が近付いてくる。 「みこと。僕は君がいなくては生きていけない。僕だけが生き返っても何の意味もない。だから後悔はないよ」  僕は弾けるように駆けた。みことが何か叫んだが、もう聞こえない。  常滑の指示棒が振るわれる。何とか頭をかわし、胴体で受けた。僕の上半身と下半身が、真っ二つに分かれる。致命傷だ。  しかし、体の質量が失われるわけではない。突進した僕の上半身は、慣性のまま、肩先から常滑に突っ込んだ。  衝突。  汚らしい悲鳴と共に、常滑は粉々になる。僕の上半身も、右半分が砕け散った。  床に落ちた僕を、誰かの内臓が受け止めた。お陰で即死は免れたけれど、もうあと数十秒の命だろう。  僕の頭の傍らに、静かに膝をついたのは、みことだ。他にはもう、動く者はいない。 「みこと。これで君が生き返れる。やったよ……」 「陽太くんは私がいないと生きられないのに、私もそうだと思ってはくれないのね」  ……何だって? 「私は、放課後まで生存なんてしない。陽太くんがこと切れたら、頭をもいで自殺するわ」  もうほとんどない僕の背筋に、寒気が走った。 「だめだ。なぜ!? 何を言ってるんだ。君は絶対に生きてくれ」  意識が薄れていく。僕は必死に声を絞り出した。 「僕の最後の頼みだ。君だけが、僕が生きた意味なんだ。、本当にごめん。お願いだから、生きてくれ。生きて。生きて――」  意識が闇に呑まれた。  そういえば最後まで、どうしてみことは死んだのかを訊けなかった。君は決して死んではならない、優しい人なのに。  君が生きてくれたら。  そうしたら、僕は……生まれてきて、……
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