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あの日、父と継母は私たち子ども三人を買い物に誘ったが、誰もついては行かなかった。
私が中学二年生になったばかりの春だった。
薫兄はもう高校二年生だったし、銀太郎は中学三年生だった。
それくらいの歳の男の子は親と行動を共にすることを嫌がるものだ。
私はと言えば、父と継母と私の三人で出かけるなんてまっぴらごめんだった。
継母と私との溝は埋まることはなかった。
私が三歳の時に迎えた新しい家族、継母、薫兄、銀太郎の三人で私が懐いたのは薫兄だけだった。
父は私と継母が上手くいっていないことに気づいていた。
再婚の失敗という後ろめたさを感じているようだったが、薫兄が私を溺愛していることで、無理やり再婚を正当化しているように見えた。
変わった嗜好の持ち主の薫兄だったが、生まれながらのその美しい容姿と、その美貌にいつも人が集まってくるせいか、性格も社交的だった。
頭の回転も早い薫兄は即座にその場の雰囲気を読み取り、いつも気の利いた言葉を口にした。
それに比べ私はいつも怒ったような顔をして言葉数も少なく、銀太郎は卑屈そうな笑みを浮かべ何を考えているのか分からない。
薫兄は家族にとって大事な円滑油のような役割も果たしていた。
薫兄が死ななくて本当によかった。
父と継母はその日いつまでたっても帰ってこなかった。
夕食の時間もとっくに過ぎ、お腹を空かせた私のために薫兄が台所で何か作ろうとしていてくれていた。
銀太郎は昼過ぎからふらりとどこかに出かけてしまっていた。
大方クラスメイトに呼び出され、いいように使われているに違いない。
その電話を最初に取ったのは私だった。
知らない男性の声で「天野川さんのお宅でしょうか」と訊かれた。
「はい、そうですけど」
私は警戒しながら応える。
その私の様子に気づいた薫兄がすかさず私から受話器を奪い取る。
「はい、はい、そうです」
一瞬薫兄の動きが止まった。それからしばらくして、「分かりました」薫兄の低い声が震えていた。
父と継母が自動車事故で亡くなったという警察からの電話だった。
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