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「おまえは天野川にやるんだろ」
いきなり自分の名前が出て来て、思わず顔をあげる。
黒板の前でふざけていた男子二人、山田と川口がクラスで一番太った大山という男子をからかい始めた。
大山は戸惑いながらも抵抗らしい抵抗はしない。
嫌な予感がした。
案の定二人は大山を無理やり席から立たせ、私の方へと引きずって来た。
「おまえら両想いなんだろ、結婚しちゃえよ」
ニキビだらけの顔をした山田が大山の丸い背中を勢いよく押した。
よろけた大山が私の机に手をつく。
今やクラスの全員が私たちに注目している。
薄ら笑いを浮かべる者、大げさに吹き出してみせる者。
その中で学級委員長の小沢君が立ち上がった。
「やめろよ」
小沢君は担任の男性教師より背が高く、水泳部に所属する彼の体格はすでに大人のものだった。
ちょうどその夏のオリンピックで日本の水泳選手が大活躍したこともあり、水泳部は校内で一番人気の部にのし上がっていた。
水泳部のエースでもある小沢君はいっきに女子たちの憧れの的になった。
小沢君は整った顔立ちをしていて、オリンピック前からクラスの女子の一番人気の男子だったがオリンピック後は桜ヶ丘中学一番人気の男子生徒となった。
「桜ヶ丘のエース」それが小沢君に付けられたあだ名だった。
薫兄が中学に通っていた時、薫兄は「桜ヶ丘の奇跡」と呼ばれていたらしい。
「なんだよ小沢、もしかしておまえこそ天野川のこと」
茶化していた山田はそこで黙った。
絶対にそんなことはあり得ない。
それでも引くに引けなくなったようだ。
「桜ヶ丘のエースと桜ヶ丘の悲劇のカップル誕生!イエイ」
「なんだよその悲劇って」と横で川口が笑いながら訊ねる。
「だって天野川って存在そのものが悲劇じゃん」
小沢君が怒ったような顔をしてこちらに近づいてくる。
山田と川口の頬が緊張する。
小沢君は私の前まで来るといきなり私の机を掴み軽々と持ち上げた。
山田と川口は反射的に身構えた。
小沢君はまるで二人など見えてないかのように彼らの前を机を持ったまま通り過ぎた。
私の本来の席に机を戻すと小沢君は自分の席に戻った。
ちょうどその時担任の教師が教室に入って来た。
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