あなたに食べられたいのです

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あなたに食べられたいのです

洞窟の外には、しとしとと雨が降っている。 野犬に襲われ、命からがら逃げ延びた私は、偶然見つけたこの洞窟でぼんやりと空を眺めていた。 洞窟は熊が一頭入れる広さで、明らかにがいたような雰囲気だ。 不思議と怖さは感じない。 むしろ、心地よかった。 寝床に敷かれた枯草の匂いが、そう思わせたのかもしれない。 本来、慎重な私達ウサギは、こんな明らかに危ない場所には入らないのだけど、今の私にはそうする理由があった。 野犬に襲われた際、足に噛みつかれて傷口が化膿した。 あとは足から腐り、死を待つだけ。 だから私は、本能でここを選んだのかもしれない。 自分より強くて大きな何かに、痛みも感じる暇もなく一気に食べられたい。 その方が楽に死ねるから。 足の痛みはどんどん酷くなり、私は洞窟の主が早く帰って来るように祈った。 すると外の木々が不意に揺れ、ポキッ、と枯れ枝を踏む音も聞こえた。 帰って来たんだわ……。 私は身構えることもせず、覚悟を決めて洞窟の主を探した。 森の木々を掻き分けて、ゆっくりやって来たのは真っ黒なオオカミだった。 毛足は短く、固そうで、眼光も鋭い。 オオカミは鼻をクンクンさせながら、まっすぐこちらにやってくる。 自分の家に、不法侵入しているヤツがいる……グルルと威嚇しているのは、そう思っているからだろう。 やがて、目視で私を確認すると、オオカミは一気に距離を詰め、飛び掛かってきた。 大きな口が開いて、喉元を切り裂こうとするのを、私は静かに受け入れた……のだけど。 「おまえ!なにやってるんだ!?」 オオカミは私に言った。 そんなことを問われると思ってなくて私の声は上擦った。 「……ふぇ?」 「喰われてしまうぞ!?早く何処かへ行け!」 驚いて見上げた私を、オオカミは面倒くさそうに前足で軽く蹴る。 おかしいわ……。 寝床を荒らしたウサギを襲わないなんて、オオカミらしくない。 私は、その珍しいオオカミの姿を確かめた。 体はガリガリで傷だらけ。 何かと激しく争ったのか、所々脱毛しているのが見える。 それが更に私の疑問を深めた。 このオオカミは栄養が足りてないし、お腹も空いているハズなのに、どうして私を食べないの? 「……喰われにきたのです……」 意を決してそう言ってみた。 「喰われに!?どうして?」 オオカミは目を剥いた。 「どうして?はこちらの台詞ですが?」 「いや、喰われに来た方がおかしいだろ?」 「そうですか?」 「そうだ」 暫く沈黙が続いた。 私は、自分の前で言葉を待つオオカミを見て、途端に笑いが込み上げた。 「何故笑う」 「おかしいからです」 「……出ていけよ」 「嫌です」 その言葉に、オオカミは嫌そうな顔をした。 「……これを見て下さい」 私は足の傷を見せた。 腐って骨も剥き出しの、おぞましい傷を。 「これは……酷いな……」 「ええ。私はもう助かりません。だから、あなたに食べられたいのです」 「そうだったか。傷は痛むか?」 「はい。日に日に辛くなって……ですからどうか、一思いに」 オオカミはふうっと息を吐き、洞窟の外に目を向けた。 外の雨は、さっきよりも激しく降り、ザァーという雨音だけが辺りに響いている。 「何か望みはあるか?」 外から私へ視線を戻すと、オオカミは言った。 「望み?」 「最後の望み。出来ることなら叶えてやろう」 「……いえ。もう思い残すことはありません。でも、もし……もし、次の世があるのであれば、またオオカミさんに会いたいと思います!」 「オレに!?」 驚くオオカミは大声を出した。 「きっと何かご縁があったのでしょう。でしたら、また会えるのではと……」 考えてみれば、これは凄い縁だ。 補食する側とされる側、お互いにこの世にただ一対しかいない。 それは、少し愛に似てるな……とも考えた。 「そうか。次の世のことはわからんが、もし、それがあるとしたら……お前を探そう」 「はい。約束ですよ?」 私がそう言って微笑むと、オオカミは頷いた。 そして、私の首を軽く噛み、柔らかい寝床に移動させると、少しずつ首に圧をかけていく。 私の意識はゆっくりと遠退いて、まるで眠りに落ちるようにこの世での生を終えたのだ。
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