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私、約束してないんです!
マリアさんが夕食を食べて帰ると、私も家に帰る支度を始めた。
いつ切り出そうか、そればかり考えて、その後の会話がちっとも頭に入ってこない。
そんな私の様子を大神さんが見逃す筈はなかった。
「雨沙。ちょっと座って」
大神さんは、帰り支度をする私の手を引きソファーに座らせた。
「さっきから変だよ?マリアが何かした?」
「い、いえ!何もされてません!会えて良かったと思ってるし、楽しかったし」
「じゃあどうしたの?」
大神さんは心配そうに私を覗き込んだ。
その優しい眼差しも、触れる暖かい手も、私に向けられたのものじゃないと思うと酷く悲しくなった。
でも、今言わないと、機会を無くしてしまう。
私は思い切って言葉にした。
「お、大神さん。私、さっき聞いたんです。大神さんが、世界中を渡り歩いて大切な人を探していること」
「あ、ああ。マリアか……全くお喋りなヤツだ」
大神さんは苦笑する。
それを見て、私は喉の奥がジリッと熱くなった。
「……私、ではないですよ」
「え?」
「大神さんと約束したのは、私ではないんです」
大神さんは黙ったままこちらを凝視する。
私の手に重ねた彼の手から微かな緊張が伝わってきて声が震えた。
「昔、大神さんは誰かと約束したんですよね?絶対探し出して幸せにするって……でも、私はしてない!大神さんに会ったことすらなかったんだから無理なんです!」
震える声がだんだんと叫びに変わる。
感情的になっていく私とは対照的に大神さんは冷静だ。
身動ぎもせず、表情も変えない。
「どうかその人を探してあげて下さい!世界中を探すほど大切な人でしょ?きっとその人も待ってますよ……」
お願いします、という最後の言葉はもう声にならなかった。
ああ、いつの間にか、私、こんなに大神さんのこと好きになってたんだなぁ……。
声が出なくなると、待ち構えたように涙が溢れてきた。
やだ、こんなの見られたくない!
慌てて立ち上がろうとした私の手を、大神さんが強く掴んで言った。
「もう見つけてる!」
「だからっ!それは……違っ……」
「いや、違わない!」
「だって、私約束してないんです!」
顔をぐちゃぐちゃにしながら、反論すると、突然大神さんが私を抱き締めた。
大きな腕に包まれると、決死の覚悟も忘れそうなくらいの幸せに包まれる。
いや、ダメ。
ちゃんと……話さないと。
そう思い、また切り出そうとした私を邪魔したのは大神さんだ。
「もし……もし、オレが到底信じられない話をしても、君は笑わないか?」
その自信の無さそうな声に、一瞬耳を疑った。
大神さんがこんなに弱そうに見えるなんて初めてのことだ。
「笑うなんて……絶対にないわ」
それは真実だ。
どんな信じられないことだって、彼が言うなら……。
私はソファーに座り直し、大神さんに寄り添った。
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