ウサギの記憶

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ウサギの記憶

前世でウサギだった記憶。 そんなふざけた記憶を持って生まれたのは、たぶん、この世に私一人だけだと思う。 物心ついた時から、ウサギであった頃の記憶があり、なんだか不思議な気がしてた。 ニンジンが特別好きだったりとか、トランポリンが得意だったり。 野原を駆ける疾走感とかも時折脳裏に甦ってくる。 ただ、おかしい人と思われそうだから、これは誰にも話していない。 前世の最後に変わったオオカミと出会ったことも……私だけの秘密だ。 「月城さーん、月城雨沙(うさ)さん、どうぞー」 そう呼ばれて、私は待ち合いのベンチからゆっくりと立ち上がった。 仕事で段ボールを持った際、ふらついて足を捻ってしまい、整形外科に診察に来ていたのだ。 私の両親は、町で小さな文具屋を経営していて、その時は品出しの最中だったのである。 病院に来るほどのことはなかったのに、念のために……と父に無理矢理連れてこられていた。 看護師さんに促され診察室に入ると、男性医師がカルテを記入しながら俯いて座っていた。 私はその前に座り、医師の言葉を待った。 「はい、月城さんね……ええと、今日は……足を……」 医師は顔をこちらに向けつつ喋り、何故かいきなり黙り込んだ。 「あの……足を……捻ったんですけど」 私は恐る恐る医師に伝えた。 何か怒らせるようなことをしたかな? と、考えても思い当たることは何もなく、目の前で黙り込む医師の顔をただ見詰めるしかなかった。 間近で見ると、医師は切れ長の瞳が印象的なかなりのイケメンである。 年も三十前で、独身ならメチャクチャモテるだろうな、なんて思いながら気をまぎらわせた。 「……月城さん……」 「は、はいっ!?」 医師はやっと言葉を発した。 「足を捻ったんですね?」 「……はい。大きな段ボールを持った時、ふらついちゃって……」 私が身振り手振りでそう言うと、医師は溜め息混じりに小声で何かを言った。 「……また(足)かよ……」 「えっ?」 「いえ。そうですか。ちょっと見ましょうね、そこの診察台に腰掛けてくれる?」 言われるままに腰掛け、足を医師に向けた。 医師は丁寧に動きをチェックし、足を動かす毎に私の顔色を確かめて、痛みの具合を見ている。 「足首だよね?ここ、痛む?」 「い、いえ」 「じゃあ、ここは?」 「あっ!ちょっと痛い……」 医師はふんふんと軽く頷き、足を離してデスクに戻る。 私も看護師さんに手を借りて元の位置に戻った。 「さっき撮ってもらったレントゲン見ても、骨に異常はなかったから軽い捻挫だと思います。湿布を出しておくので、暫く様子を見て下さい」 「は、はい……あ、ありがとうございました」 ほらっ!やっぱりたいしたことなかったじゃない! 私は、医師に頭を下げなから無理矢理連れてきた父に心の中で文句を言った。
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