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迷子
犬吹家達が禅内仁のアパートに集まって、彼の身に起きた変化を見て固まっていた頃、シアンは来たことのない場所に迷い混んでいた。
「あれ…ここどこだろう?秋葉原じゃなさそうだけど」
必死に逃げるように飛び回っていたら、一度も足を運んだことのない場所にきた。
そこは昼間であるにも関わらず、陽の光があまり届かない薄暗い路地みたい。
私は仁にあんな言い方をして離れちゃって、今更どんな顔をして戻れば良いのか分からないしとても怖い。
また、大好きと思う相手が目の前でいなくなる瞬間を見るのなんて二度とごめんだから。
「きっとこれでいいのよ。これで…」
力なく笑っていた私を見つめる一人の気配をなんとなく感じ、ふと振り向いた。
「だ、誰?」
「あんたこそ誰よ?なんで人のすみか近くにまで来てるわけ?」
建物の影から出てきたのは女の子みたいだけど、私の背丈と同じってことは……
「あなたも私とおんなじガイダーなの?」
「そうだけど、あんた名前は?」
「わ、私はシアン!雷属性のガイダーよ!あなたは?」
「あたいはミューラ…水属性のガイダーよ」
ミューラって名前の彼女は、水色の長髪で上下ともに黄緑色の服装で下はハーフパンツ。勝ち気な性格が顔に出ていて、なんとも言えない魅力に溢れている女の子だった。
「ミューラね?ごめんなさい……実はちょっと色々辛い気持ちに耐えられなくて、住んでるとこから逃げて来ちゃったの」
「へぇ~そうなの?じゃああなた、この渋谷は初めてって事なのね」
「渋谷⁉︎うそ、私秋葉原からここまで飛んでたなんて」
「アキバなの!あのオタクだらけの町からなんて、信じらんないわぁ」
ムッ!なんか知らないけど、偏見っぽい言い方されてむかつく!
「私はオタクの意味は分からないけど、なんかすごくバカにされた感じがする!」
「ああ、ごめんごめん!あたいは主人様に捨てられてからは一人でずっとここに暮らしてたの。アキバについての情報収集源も、他の人間達の会話の内容だけをこっそり拾う毎日だったし!」
「そうなの?ごめん、なんか熱くなっちゃった」
「別に気にしなくて良いのよ。ただの人でなしだったから、無理に一緒にいたいとは正直思いもしなかったし!むしろ今は気楽で良い気持ちよ?」
「そっか、良かった」
「あんたもおおかた、ろくでなし主人が嫌いで逃げてきたんでしょ?」
「違うの!確かに初めて会った時のあいつはただのクソ人間だったし、関わるのも嫌なくらいダメ男とさえ思った。
でも、あることがきっかけで私が思わず見とれちゃう程いい人になっていったの!」
「へぇ、そんなやつがいたんだね。じゃあなんでそんだけひかれるほど良い男から逃げたのよ?」
「怖かった……また大好きだった[彼]みたいに、私の目の前で死んでしまう出来事がおきてしまったら、私は二度と立ち上がれない。
初対面の頃に見たリオーネみたいに、死んだ目になって毎日を過ごしちゃいそうでとても怖いの!」
「リオーネ⁉︎あの子生きてるの?どこにいるの!」
「リオーネを知ってるの?」
「ええ!ルーダのバカをかけてライバル意識を燃やして、よくあたいと張り合ってた子なんだけど…あのバカ!ルーダの言うことに尽くす真似なんかしたせいで何もかも失って!」
「ああ、その畜生ルーダなら私がさっき言ってた人間の男が倒して、マスター・ゼノン様に裁かれてたわよ?
消された瞬間を間近で見たのは本当に怖かったけど!」
「はぁ⁉︎あんた何言ってんの!ただの人間がガイダーの中で一番強かったルーダを倒した?信じられないんだけど?」
「本当よ!私だって最初あんなおかしな力を持つ人間だって知らなかったんだから」
「ふぅん、面白いわね?ルーダは一応他ガイダー達と比べて実力派のガイダーだったのにそれを負かすだなんて……ねぇシアン?」
「えっ!な、何よ?」
「あたい、あんたが惚れてるその男ってのにちょっと会ってみたいわ。渋谷からアキバへの出方は分かるから、その人の所に案内してよ」
「ほほ、惚れって⁉︎てかなんで仁なんかを…あっ!」
「へぇ~?あんたの新しい主人は仁って言うんだ!そんな反応してたら余計あたいも会いたくなるよ。ついでにその人の強さに興味があるし…ね?」
「‼︎」
ギラリと、ミューラの目付きが狩りを楽しむハンターみたいになっていて、私は思わず怯んでしまう。
「や、やめてよ!今はリオーネも秋葉原で新しい主人の女の子を見つけて幸せみたいだし、何より私は仁が傷つく所なんて想像したくない!」
「なら今あたいと思いっきり戦って守って見なさいよ!好きなんでしょ?その男が(別に男を傷つけると言うか、力の一部が見れたらそれでいいのよ。)」
「ぐっ‼︎」
「あっそう!じゃあ自力で探してみようかしら?そのときはついでに、あんたの代わりにこのあたいがその男の[操]を奪っちゃうかもね?」
ブチッ‼︎っと、私の中で何かが切れた音がする。
「ふ、ふざけんじゃないわよ‼︎あんたみたいな女に仁を渡すもんか⁉︎」
「じゃあ来なさいな!口だけで逃げてないでまっすぐあたいにぶつかってきなさいよ?この臆病者!」
「言わせておけば……もう許さないんだから‼︎」
(仁に向けていた雷よりも更に強力な雷攻撃よ!これなら水属性のあいつに十分な威力のはず‼︎)
「へぇ~、思ったよりもやるじゃないあんた!でも残念♪」
「なんで!水は電気を通しやすいのに‼︎」
「ええ、それは間違いないわ!ただし水中のみに限るの!今あたいがしているのは、回転する水面をイメージして広げた盾みたいなものなの。
これなら雷は地面に当たる時より勢いが半減するし、あなたの雷みたいに広範囲攻撃の相手に対しては結構有効な手段って訳!」
すごい…この女、なんか分かんないけどとても戦い慣れしてる!
「じゃあ、これならどう!」
私は雷をまとわせた両手で、直接殴りかかりに向かった。
「あら!あたい好きよその勇ましさ‼︎でもね…」
コンッ!
「あぐっ!……がはぁ⁉︎」
私の攻撃は余裕でかわされたあげくバランスをくずされて、私が起きる前に足で強く上から踏みつけられて来た!
「勢いに任せすぎて空回り、しかも目まで閉じちゃってるし!それであたいに当てられるなんて本当に思ってたの?笑えてくるわ!」
「うっ!うぐぅ……」
なんで?なんで私はこんなにダメなのよ!
「あんたがそれじゃその男がかわいそうよね〜?」
「私の…せい?」
「ん?」
「仁が困るのって、私がいるせいなの?」
「そんなの知らないわよ」
「わたし、ワタシハ!…アアアァァ⁉︎」
私の体からこの国では誰も見たことがない色の雷:[紫雷]が迸った!
「えっ⁉︎ちょっとあんた、何してんのよ!あたいはそんな暴走するまで追い詰めたつもりなんてないのに‼︎」
「ウワァァァ⁉︎ワタシガイケナインダァ‼︎」
「ちょっとシアン落ち着きなさいって‼︎このまま渋谷を潰す気⁉︎」
「シブヤ、アンタモ…ヒドイトコロ。ワタシガゼンブケシトバス!」
「ま、待って!お願いだから待って…ここにはろくでなし主人だったやつもいるけど、それ以外の人達は全く悪くないの!いい人達ばかりなのよ⁉︎」
「ガァァァ⁉︎」
私のつくり出した紫雷のひとつがミューラの方に向かって強く伸びていった!
「ヤバッ‼︎」
ミューラはとっさに水面タイプのシールドをはって助かったと思ったけど、どうやらそうもいかなかったみたい。
なぜなら私の強化された雷撃が、今まで破れなかった水盾を貫いたから!
「貫通してきた⁉︎」
「アアアァァ⁉︎」
「やめてシアン!元に戻って‼︎」
「ゴメン…モウモドレナイ。ジン、ゴメンネ?……ダイスキダヨ」
「あたいは、どうしたらいいの?」
自身の浅はかさにうちひしがれたミューラは、その場でへたりこんでしまった。
私の暴走も制御がきかないし、もうだめかなと諦めかけたその時!
なんと[彼]が突然飛び込んできて、私の雷撃を打ち消した!
「……へ?」
「事情は知らねぇけどよ、お前が戦ってんのってシアンで間違いはないんだよな?」
「ハ、ハイ!」
「おし!じゃあとっとと連れて帰ってやらぁ」
「ちょっとあんた危ないって⁉︎」
「構わねぇよ!あいつの雷がどんな色になろうが、耐性がついてる俺は死にはしないからな……待ってろシアン!すぐに目ぇ覚まさせてやるからな‼︎」
「⁉︎」
ドクンと、私の胸が強く音をたてて身体中に響き渡るのを感じる。かつての大好きなご主人様の時もそうだった。
『待っていろシアン!僕が君の目を覚まさせるから‼︎』
ごめんなさいギル。私、今度は仁にあなたと同じことをしようとしてる……二度と同じ事をしないと思ってたのに!
(私がこんなになってるのに、仁はなんで来ちゃうの?お願いだから来ちゃダメ!あなたがいくら耐性が強くても、こんな制御が効かない力は何が起こるか私にも分からない。だから…来ないで‼︎)
「コナイデ、ジン…」
「シアン!」
「ヤメテ!シンジャウ‼︎」
「俺は死なねぇ!」
「モウ、ダレモキズツケタクナイ!オネガイニゲテ‼︎」
いっそう激しく迸る紫色の雷が大きくうねりだし、仁に向かって突き刺さった!
「「⁉︎」」
「いてて!確かにこりゃきついな。なら……ふん!」
俺は目の前に、前方方向にまっすぐ角をつけて伸びていく雷のバリアーを形成させてみた。
「えっ、何よあんた⁉︎本当に人間なの?」
「バカやろう、俺はれっきとした人間だ!たんにちょいとばかし状態異常に対する抵抗力があるくらいだよ」
「あんたの方がバッカじゃない!そんなわけないでしょ?抵抗力あるだけのやつにそんな力が身に付くわけないじゃん‼︎」
「るっせぇな、細かいことなんか俺だって知るかよ!
だがあいつを…シアンを助けられるのなら何だって使ってやる!それだけのことだ‼︎」
「…なるほど、シアンが言ってた[仁]ってあんたの事だったのね。あの子が言ってたのは本当だったか」
「お前、シアンとなにか話してたのか?」
バリアーを前に張りながら、俺は女ガイダーの言葉に耳を貸す。
「ええ、少し前までね」
「教えてくれ。あいつはなんで俺から離れたか!」
「…もぉ、あまり女の子の内情は詮索するのは感心しないわよ?でもそうね、さっきあの子が口走った事と同じような話をしてたわ!
『もう誰も死なせたくない、大好きな人を殺したくない』ってね。」
「あいつが……俺を」
「まあ後は、あんた達が落ち着いた時に聞いてみれば?まずは彼女の暴走を何とかしなきゃ!」
「だな!俺は禅内仁。そっちの名は?」
「あたいはミューラ!こうなったのはあたいのせいでもあるんだし、ここからは手伝わせてもらうわよ!」
「当然だ、行くぜ‼︎」
「ええ!」
仁が張ってるバリアーをミューラの水が包み込み、更に威力を増して少しずつ私の元に突き進んでくる!
(うそ…いつの間に仁はここまでできるようになったのよ!)
暴走しながらも私は、目の前に起きていることに驚きを隠せずにいた。
「全く!お前はいつもそうだよな?自分自身の肝心な気持ちはいつもはぐらかして、言えなくなったら雷を食らわせてきやがる!だがよ、それでも俺はお前を助けてぇんだよ!
お前が俺のために泣いてくれた…話を聞いて信じてくれた!その時の気持ちを返したいから、俺は絶対お前を助ける‼︎」
今度は片手で楕円形にした氷の塊を形成し、バリアーに合わせた瞬間、更に力が倍増していくのが私にも見える!
「えっ!あんたそんなこともできんの⁉︎」
「ああ。とっさの思い付きだったが案外いけるもんだな」
「こりゃ…悔しいけどあたいにはあんたにかないそうもないわね。」
「?何の話だよ」
「なんでもない!それよりどうやって行くのよ?その塊を持って更に進むだけ?」
「いや、こいつをそのままシアンにぶつける」
「あ、あんたひょっとして女の子相手でも容赦しないタイプだったりするわけ?」
「あ?だったらなんだよ?」
「アッハハハハハ‼︎こりゃ、シアンじゃないとあんたの相手はつとまらないわね!」
「だから何だってんだよ…」
「ひーひっひ…ゴメンゴメン!とりあえずこっちのことは気にしないで?今は思いっきりあんたの気持ちを込めて、それをぶつけてあげて?シアンならきっと大丈夫!」
「言われなくとも……おっるあぁ‼︎」
あれ?なんか私に向かって仁ってば!全力で氷の塊を投げつけてきてるんですけどぉ⁉︎
(うぇ⁉︎ちょっとあんた達、何その怖そうな攻撃してくんのよ!それどう見てもただでは済まないと思うんですけど‼︎イヤ待ってホント待っ…キャー‼︎)
水と雷を纏った氷の塊は、私に見事直撃した!
途端に辺りを覆う紫の雷は消え、空から女の子……ゲフンゲフン!私はゆっくりと落ちていった。
「シアン!」
彼は私が落ちてくる場所の下で、両手で優しく受け止めてくれた。
「シアン、無事か?」
「…はらほろひれはれ~?」
「あーらら、のびちゃったみたいね?やり過ぎたかしら」
「あー……何て言うか、すまねぇシアン!」
「さってと!あたいもシアンが言ってたあんたに会えてどんな男かも分かって結果的に満足したし、迷惑かけないうちに失礼するわね〜?」
「いや待てよミューラ!こいつが目を覚ましたときに、お前もこいつに謝らなきゃならねぇ事くらい本当はあるんじゃねぇのか?」
「あはは……そうね」
「じゃあ俺達と一緒に来いよ?ちょうどガイダーがいなくて寂しそうな子もいるからな。よかったらそいつのそばにいてやってほしいんだが、ダメか?」
「あたいでも良いの?」
「ああ」
「分かったわ…じゃあこれからよろしくね?」
「へへっ、こっちこそ!」
新たに入った仲間・ミューラを連れて秋葉原に戻る禅内達。
心なしか手のひらで寝転んでいるシアンが泣きながら笑っているように見えた。
おかえり、シアン。
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