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お姑さんの手助け
コンサートに日に合わせて休みを取得するのは、なかなか大変だったのだ。
バイト全員のシフト調整はお局様の采配次第だ。お局様は古参のバイトで、立場は自分と同じはずなのだが、なぜか休みを取るのに彼女の許可が必要である。ゆかりがコンサートの日に休みが欲しいと申し出たところ、彼女は執拗に理由を聞いてきた。好きなバンドについて嘘を言うのも嫌だったので、
「ライブコンサートに行きたいんです。」
と答えたら、意味不明な嫌味をネチネチ言われる羽目になった。
大好きなバンドを馬鹿にすることを言われて、怒りの導火線に火が点る。
(うるせえ、ババア。黙ってろ。)
もちろん心の中で叫んだ。ニッコリと作り笑いを浮かべて。
さて、今日はお姑さんが家に訪ねてくる予定だ。訪問は、昨夜お姑さんと電話で世間話をしていて彼女の方から提案された。
「こんなことになって大変でしょう。家に行って孫をみていてあげるわ。」
ゆかりは喜んで答える。
「大歓迎です。」
本当に嬉しい。買い物に銀行にと、出かけなきゃいけない用事がたくさんあるのに、遊びたい盛りの幼児を人混みに連れてゆくのは容易でない。ありがたい申し出である。
9時になって、呼び鈴がなった。インターホン越しには上気したお姑さんの顔が写っている。予定よりも2時間早い到着だ。
(しまった、部屋が全然片付いていない。)
ゆかりは大慌てで机の上を片付けてから、引きつった笑顔で姑を迎えた。
もっとも、前もって片付けたところであまり意味はない。片付けたとたん、息子が一瞬で物を散乱させて、家がぐちゃぐちゃになるからだ。
そうだとしても、ソファーにアンパンが潰れ、靴下に餡子がこびりつき、絨毯に餡子を引き摺った足跡が点々とついているのは流石にちょっとひどすぎる。朝からアンパンなのも食育的にいただけない。
部屋がぐちゃぐちゃでも朝食が手抜きでも、嫁が行き届いていなくたって孫の笑顔はパワーは絶大だ。
「ばあちゃん、ばあちゃん。」言われれば、細かいことは大めに見てもらえるというものだ。
さあ、息子をお姑さんに預けたら、早くこの喧騒から抜け出そう。落ち着いて考えることさえできれば、今日はたくさんのことが出来るはず。
息子はばあちゃんに自慢すべく、新しく買ってもらったオンライン戦闘ゲームの電源を入れた。腕前を披露して、褒めてもらう算段らしい。
息子はいい奴なんだが、ゲームに夢中になると我を忘れて熱中する。いいとこ見せたいばっかりに熱が入りすぎる。ばあちゃんは本当は孫が笑うだけで満足なんだが。
対戦ゲームで負けそうになった息子は、思わずモニター越しの相手プレーヤーに向かって叫んだ、
「馬鹿、ふざけんな。このやろう!お前、死ね!」
ばあちゃんの笑顔がさっと引きつる。ゆかりも一瞬取り乱しそうになる。
(ふざけているのは、お前だ。いい加減にしなさい。)
ひと呼吸おいて息子に無言の圧力を加える。でも、そんなものゲームに夢中な息子に通じるわけがない。
さすがのばあちゃんもこれには呆れて、我が家の教育方針が心配だとゆかりにチクリと言った。
「こんな乱暴な言葉遣い…ゲームさせんほうがイイとちゃうの?」
私だって同意見だ。だから、ゲームを買うのははじめから反対だった。
ゆかりは声にならない口答えする、
(そもそもゲームを買ってきたのは、父親です。他ならぬあなたの息子です。夫は子供の頃もっとゲームで遊びたかったと、いま拗らせてます。あなたのうちの教育方針の結果がこの子の父親なんです!)
「こども園で変な言葉ばかり覚えてくるんですよ。ホホホ。」
ゆかりは言葉を濁した。
夫がゲームを買ってきた時はこんな感じだった。
顔を綻ばせながらゲーム機片手に帰ってきた夫。嬉々として機器のセットアップをし、テンションマックスの夫。息子を側に呼び寄せると、ありがたい講釈でも垂れるように説明を始め、尊敬の眼差しで父を見つめる息子にますますご満悦の夫。
父子はますます悦に入り、二人して調子に乗った。
「お母さんは、本当にゲームが下手だなぁ。何をさせてもとろいんだ。」
仕舞いにはいい顔をしない母を蔑ろにし、ゲームの使用ルールを決めようと言い出したゆかりにタックを組んで抗議し始める始末。
(あのね、お母さんは家の掃除洗濯&炊事しているのよ。こうなったら、ゲームと家事一切を戦わせて、ライフラインでどっちが上か勝負してやろうじゃないの。先ずは夕食作りをボイコットよ!)
その夜は血圧を上げながらも夕飯は用意した。
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