銀行に行こう

1/1
前へ
/4ページ
次へ

銀行に行こう

(いけない、こんな回想をしている場合じゃない。早く銀行に行かなくては。)我に返ったゆかりは慌てて時計を見る。今日は体操教室の事前登録割引の締め切り日だ。今日振り込めば、明日以降の申し込みより年会費が一か月分も安いのだ。もう一度言う。1ヶ月分お得なのだ。 昼食を済ませ留守番を姑に頼むと、ゆかりはあらかじめ用意していたお金の入った封筒を手にひとり慌てて自宅を出た。 銀行に着いたときには閉店30分前だった。 「あと30分あるわ。振り込みに間に合ってよかった。」 店舗内のATMの長い列に並び、ようやく自分の番になった。封筒に入れたお金を確認する。 「6万4,800円と振込手数料、と。」 ゆかりはふと嫌な予感がした。なんだろう?気のせいだろうか? 持ってきた体操教室のチラシに目をやる。 さらに、もう一回確認した。 (6万6千円と振込手数料???)値段が記憶していたのと違う… しまった!消費税が8%から10%に上がったんだった。税金が上がった分、去年より高くなっているんだった! 値上がりの差額を補おうと鞄の中を探すが、財布が見つからない! 「なんてこった、信じられない。」 思わず低い声で悪態をつく。隣のATMを操作していた若い兄ちゃんが、ギョッとした目でこちらを見た。 家までの往復に少なくとも30分はかかる。今日の支払いには間に合わない… (月謝の一か月分5千円が…今日までに前払いすれば浮くはずだった5千円が余計にかかるじゃないの。走って家に帰ったら…ダメだわ、絶対に間に合わない。ああ…) ゆかりはトボトボと帰途に就く。戻ってこない月謝代のことで頭がいっぱいだった。手ぶらで帰るわけにもいかないからと、スーパーで買い物をする。普段用に食材を買い、買い物の代金は封筒に入っていたお金を使った。 家に帰ると、息子はばあちゃんの横で本を読んでいた。彼はどういうわけだか、普段は仕舞い込んでいる(いい子ボタン)の押しどきを知っている。何もやらかしていないようで、まずは一安心。 姑が尋ねる。 「銀行にはいけたのかい?」 まさか「計算間違いをしたうえ財布を忘れた。」とも言えず、 「今日は天気が良くて、お散歩日和ですね。でも花粉も飛び始めたかも。」 なんて、訳のわからない返答をした。 買い物袋の中身を確認して、必要な物を買い忘れたことに気づいた。入学準備に必要なもの。今日使う予定だった名前ペンだ。 「ああ、しまった。」 思わず声を上げる。 「どうしたん?」 お姑さんが気にして聞いてきたが、どう答えたのかもう自分でも思い出せない。 (今日のうちに、小学校生活の持ち物に名前を書きを終える予定だったのに。) 母の帰りを待っていた息子は、満面の笑みで勢いよく飛びついた。 可愛いって? ゆかりは飛びつかれた反動で、袋に入っていた、イチゴと卵と牛乳を真っ逆さまに落としてしまう。食材三つは、どれも無事でなかった。ついでに、この後片付けはもちろん自分の仕事だ。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加