13人が本棚に入れています
本棚に追加
「……入って」
うつむいたまんまでも、村田の表情がよく見えた。長いまつげがひっそりまたたいて、唇がほんのちょっとゆがむ。
ああ、こんなに髪短い村田は初めてだな。
そんなことをぼんやり思って俺は笑った。そよ風ひとつ吹かない砂漠みたく、心が静かだ。たぶん砂の下には、サソリだのヘビがいるんだろうけど。
きれいだと思ってた、俺の欲しかったもの。ずっとずっと欲しかった。手を伸ばしては振り払われて、それでも欲しかった。だけどそれは、もう凌太のものだった。
気づくチャンスはいくらでもあったんだろうけど、俺は俺が見たい村田しか、見てなかったことになる。バカだ。でもこれが、俺なんだよな。
部屋に入っても、村田は電気もつけず突っ立っている。
東京に出てきてから、初めて入った村田の部屋。暗くても、必要最小限の家具しかないのが分かる。ただ、テレビだけは大きい。
「いいのか」
訊くと、本当に小さく影がこくん、とうなずいた。
明るくしたくない気持ちは、分かる。でも俺にそれを許す気はなかった。だって俺が欲しいのは、確かに村田を抱いてるんだっていう実感だから。
食う側に、容赦や躊躇があっちゃなんねえんだ。
なにも言わず電気をつけて、荷物をソファに放り投げ村田を抱き寄せる。
ごつん、ごとごとっ。袋から落ちた缶ビールが床に転がる重い音が、やけに部屋に響く。
「そうだ、ビール飲むか?」
ぬくもりが重なり、混じりあってとける。夏の初めの今は、幸せなその感覚もちょっとべたつく。俺なに言ってんだろう、って思いも、人肌でとけた。
最初のコメントを投稿しよう!