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繋がる勇者
「はい、あなた。朝食を持ってきたわよ」
リノが料理を乗せたトレーを手に持ち、ベッドに横たわるクラージュの前に現れた。
クラージュは動き辛い体を起こし、リノに笑顔を浮かべた。
「ああ、有難う」
「食べ終わる頃にはまた来るわ」
リノは柔らかな口調で言うと部屋から去った。
クラージュはリノが作ってくれた朝食をゆっくりと食べ始めた。今日のメニューはパン、スクランブルエッグ、サラダ、スープとなっている。
リノは料理が上手いだけあってどの料理も美味しく感じた。
クラージュはかつては魔王を倒した勇者であった。世界に平和を取り戻し、大勢の人々から感謝の言葉を受けた。
しかし、魔王を倒すのは容易でなく、代償としてクラージュの体は思うように動かなくなってしまった。クラージュを診た医師はクラージュの体はまだ若いにも関わらず次第に動かなくなり、最終的には寝たきりになるという。
残念なことにクラージュの体を元のように動かすようにするには現段階の医学や治癒魔法でも難しいらしい。
しかしクラージュは体が思うように動かなくなるのは魔王を倒す前から理解していた。目標を果たせて良かったとさえクラージュは思っている。
自分の体のことを理解しつつ旅仲間で僧侶だったリノが伴侶になってくれると聞いた時は戸惑いつつも嬉しくもあった。
クラージュもリノには好意を抱いていたからだ。
リノと結婚し、それからの日々は大変なこともあったが、リノは嫌な顔一つ見せずクラージュに尽くしている。
リノには感謝している。美味しい食事を作ることや、身の回りの世話をしてくれるといった所にだ。二人の間に息子のアンドレが生まれても、それは変わりなく続いている。
ちなみに生活にかかるお金は魔王を倒した功績者として生涯国が保障してくれる。なので生活に困ることはない。
「……ごちそうさまでした」
空になった容器の前で、クラージュは手を合わせた。
前まではリノと息子のアンドレと一緒に食べていたが、最近は朝のみだが体の動きが悪くなりこうして自室で食べている。
手を動かして食べ物を口に運ぶことはできても、歩くのが困難になってきたからだ。外出する際は杖無しでは歩けないのだ。
「そろそろ行くか」
クラージュは呟くと、ベッドの側にある杖に手を伸ばした。杖を握る手に力を込めて両足を立たせた。
クラージュは遅い足取りながら、自室を出た。
「たあっ!」
広い草原で、息子のアンドレが木刀を手に持ってクラージュ目掛けて走ってきた。
クラージュはアンドレの木刀を持っていた木刀で受け止める。
休日の日課であるアンドレに剣の稽古をしているのだ。ただしクラージュ自身激しい動きはできないので基礎のみだが、それでもアンドレは懸命に稽古に励んでいる。
「その調子だ。次は飛んで斬りつけてみろ」
「分かった!」
アンドレは元気の良い返事をした。
それからも稽古は休憩を挟みつつも、高かった太陽が夕焼けに染まるまで続いた。
クラージュは杖を使いつつ、アンドレと共に元来た道を進んでいた。
アンドレはクラージュの体を気遣ってか、毎回クラージュと同じ速度で歩いている。
「父さん、今日はどうだったかな」
「動きは前に比べて良くなってきてるな」
「ホント? やったあ!」
アンドレは嬉しそうな様子だった。
クラージュがアンドレに剣の稽古をつけ始めたのは、クラージュが勇者で剣の腕が立つのを知っていたのと、アンドレがいじめられてる友達を守りたいという理由からだった。
クラージュはアンドレの真剣な態度を見て稽古をつけようと思った。ただしアンドレには一つ約束をさせた。人を傷つけることに剣を振るわないと、アンドレを見ているといじめっ子に仕返ししかねないと感じたからだ。
アンドレは約束を守りつつ剣の稽古に励み、日に日に腕を上げているのが分かる。
「ねえ、父さん」
アンドレはクラージュを見上げて、真面目な口調になった。
「おれ、父さんみたいに強い勇者になれるかな」
「急にどうしたんだ」
「何となく聞きたくなったんだよ」
クラージュは少し考えた。
アンドレは人を想う優しい心を持っている。
そういった部分は勇者としての素質はある。
「アンドレが今の気持ちを大切に持っていれば強い勇者になれるよ」
クラージュは言った。それを聞いたアンドレは、さっき誉めた時よりも表情が明るかった。
「おれ、もっと頑張るよ! ダヴァイを守れるようになりたいから!」
アンドレは張り切っていた。ダヴァイとはアンドレの友達である。
「その意気で来週の稽古も頑張ろうな」
クラージュは言った。
その後二人は他愛のない会話を交わしたのだった。
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