苦くて、甘くて、熱くて。

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苦くて、甘くて、熱くて。

 ソファに座るトモヤの首に、ヒロキはうしろからきゅっと腕を巻きつけた。 「はいっ!」  ヒロキにしては珍しく、子供のようにはしゃいだ声だった。 「何? これ」 「バレンタインの、お返し」  トモヤの目のまえには、白い小さな紙袋がぶら下げられている。 「さっき貰ったよ?」    トモヤの頬は、ヒロキから口移しされた飴で、ぷくっと膨らんでいた。 「こっちが本命」 「見てもいい?」 「いいよ」  紙袋から出てきたのは、水色と白の、二枚の薄い紙で包み込まれた小さな四角。上の部分を、くしゃくしゃっと一まとめにし、根元を絞るように、銀色のリボンがぎこちなく掛けられている。    トモヤの頭の中に『?』がいくつか浮かんだ。が、リボンをほどき、中を見てすぐに納得した。  形、焼き色、大きさが全て不揃いの、不細工なクッキーたち。 「え? これ、ヒロが作ったの?」  トモヤは目を丸くした。 「うん」 「料理もしたことないのに?」 「うん。だから、初めて作ったんだって」 「ヒロが、エプロンして?」  ヒロキがクッキーを作っているようすを想像し、トモヤはぷっと吹き出した。 「いや、それはしてねぇ。エプロンなんて持ってねぇし。てか、それ気になるとこ?」 「だって……」  トモヤは肩を揺らして笑った。ヒロキの姿かたちから大きくかけ離れた、ピンク色のエプロンをして、クッキーを作るヒロキの姿を想像していた。 「お前っ……」  ヒロキは急に恥ずかしくなり、トモヤの首に巻きつけた腕に力を入れ、首筋に歯を立てた。 「痛っ! ごめん、ごめんって。……食べてもいい?」  トモヤは(ゆる)んだままの顔で、クッキーを一枚手に取った。 「おぉっ」  ヒロキは控えめに、でも、嬉しそうにトモヤの顔を覗き込んだ。 「どっ? うまい?」 「うん。おいしい!」  トモヤは頬をきゅっと上げて笑った。 「俺も食っていい? 数足りなくなったから、食ってないんだよねー」   トモヤの横にどかっと座り、クッキーを一枚、嬉しそうにかじった。ヒロキの口の中に、香ばしさを通り越した、焦げ臭い味が広がった。 「まっ……ずっ! にっがっ! 全っ然、うまくねぇじゃんっ!」 「そお? おいしいよ!」  顔をしかめるヒロキに笑顔を向け、トモヤは幸せそうにクッキーをかじった。 「……マジ、なんなの……。お前……」  ヒロキはトモヤの首筋に、顔をうずめた。  トモヤの手のひらが、熱くなったヒロキの背中を、優しくぽんぽん、と二回叩いた。
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