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Happy End
ひゅるりと生ぬるい風が吹く。
空に浮かぶ月を通りすがる雲が何度も隠している。
今日はサングラスをかけた若い男だった。
何も言わずに、ひらすらに歯を食いしばっている。
終始、無言を貫き通していた。
今日は比較的楽そうだ。
静かにしているし、彼を叩きのめすだけでいいだろう。
「今だ!」
彼はめいっぱい叫んだ。
何かが自分に向けて撃たれる音の後、処刑屋は真横に吹っ飛ばされていた。
受け身をとって、体を起こす。
視線の先には、黒いスーツに腰まで伸ばした金髪の男が立ってた。
彼に蹴飛ばされたのか? 一体どこから現れた?
予想外のできごとに、頭がついて行かない。
「……まっさか、こんなんでやられちまうとはね」
蹴り飛ばした金髪は、男の拘束を解除する。
彼は両手で地面のほこりを落としながら、立ち上がった。
「結構、あっけなかったな。処刑屋とやらも」
「君の協力、本当に感謝する。
ようやく、彼を止めることができるよ」
周りよりひときわ静かな声で金髪は話す。
鈍い音と衝撃が頭に走った。世界が歪み、反転する。
「まあ、これで客足が戻ると考えれば悪いことじゃないさ。
それじゃ、後は頼んだ」
「なっ……」
処刑されるはずの男は、背を向けてその場を後にする。
追いかけようと立ち上がる。今度は腹に痛みが走る。
蹴られたと分かるのは、金髪の長い足が引いたのを見てからだった。
なぜだ。何が起きた。どうして、こんなことになっている。
頭に足を乗せられ、靴底をこすりつけられる。
「初めまして、処刑屋さん?
私たちのことは……知らなくてもいいや。
名乗っても、どうせ覚えられないでしょ?」
かかとに体重が乗り、地面に頭を押し付けられる。
歪む視界の端で金色が揺れた。
「ずいぶん前から、被害者の方々から相談を受けていたんだよね。
親しい人たちを君に殺されて、どうしたらいいか分からない。
気がおかしくなりそうだって、何人からも問い合わせがあった」
なるほど、敵討ちということか。
ただ、見たところ国家公務員でもなければ、その道の専門家でもない。
この男は何者だ。
「君のことを聞かない日はなかったよ、毎日のように相談されてさ。
想像もできないだろうけど、結構辛いんだよ。
私は話を聞くことしかできないんだから。
それでも、気が楽になってくれれば、それでいいかなって思ってたんだ」
男の声だけが静かに響く。
その声は興奮しているわけでもなく、悲嘆しているわけでもない。
ただ淡々と諭すように、語り聞かせるように、男は話す。
「けど、警察は動かないし、その手の専門家も頼りにならない。
悪魔でも何でもいいから助けてほしいって、言われてしまってね」
足をどかした。ゆっくりと体を起こす。
黒いスーツに、腰まで伸ばした金色の髪、天を突くほどの背丈。
金色に光る両目には、静かな怒りの火が灯っていた。
「その名を呼ばれてしまったからには、動くしかないでしょ?
だから、ひさしぶりにこの姿で現れたわけだ」
歪んでいく視界でかすかに金色が揺れる。
金髪はあざ笑いながら、男を見下していた。
「天使だと思った? 残念、君のことは誰も救えない。
だから、死神の代わりに引導を渡しに来てやった」
何者だと考える前に、また蹴られる。
思考すら、許さないらしい。
「魔界の果てから悪魔を引っぱり出したことは褒めてやるよ。
けど、ただで済むと思うな。自分の罪の重さ、十分に自覚してもらう」
金髪は膝をついた。
「君のそのスキル、いや、魔法って言えばいいのかな?
確かに強力だけど、私の足元にも及ばないな」
冷たく光る金色の目は死神のようだ。
その眼には、継ぎはぎのバケモノしか映っていなかった。
話を続ける。
「さて、君は魔法の代償で記憶を失っているらしいけど。
私には関係ない話だな」
顔の前で、手のひらをかざす。
「私の魔法は古傷を無理やりこじ開けて、記憶を見る魔法だ」
この言葉を最後に、意識を手放した。
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