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「今度赤点取ったらあんたが書いてる変なノート、一ページずつ生徒の家に送りつけるからね」
背後からせまってくる神経質な声に返事をせず、私は早足で階段をおりました。
震える手で靴を履き替え、校庭に飛び出すと、必死に走りながら混乱した頭で考えました。
私の本当のお母さんはどんな人だっただろう。
思い出せない。
顔も、名前も、声も。
千代子先生のやせ細った顔が、お母さんの顔に上書きされていく。
自分が自分でいられない。
私は今、噂の外側にいるのだろうか。
それともまだ内側にいるのだろうか。
私の流した噂はどこまで変化してしまったのだろうか。
ひょっとしたら、私はこの瞬間も、いくつもの噂が混ざり合った底なし沼にのみ込まれ続けているのかもしれない。
答えの出ないことをぐるぐると考えながら、息を切らせて家に帰り着きました。
鍵を取り出すより先に、玄関の扉が開きました。
「試験期間中なのに随分遅かったね。お姉ちゃん」
一人っ子だったはずの私を出迎えたのは、A子と同じ顔の少女でした。
「分かった。また稲波先輩につきまとわれてたんでしょ。あの人、本当にしつこいよね。昨日なんてひと晩中、家の前に立ってたんだよ。お姉ちゃんのせいであたしが消えたとか、よく分からないことぶつぶつ言ってたけど……」
彼女の言葉を聞き流して、どうやってその晩を過ごしたのかは覚えていません。
あの日から今日まで、私はいつから家族になったのか分からない人たちと一緒に暮らし続けています。
本当のお母さんを取り返す噂を思いついたらそのうち流そうと思いますので、皆さんも充分気をつけてください。
次の噂はきっと、もっとありふれた場所に現れるでしょうから。
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