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[はなたれ小僧様の昔話]
昔々あるところに、薪売りのお爺さんがいました。お爺さんは薪が売れ残ると川に捨てていたのですが、ある日、いつものように薪を捨てていると竜宮の乙姫様の使いの娘が現れ、お爺さんに『はなたれ小僧さま』を渡して、こう言いました。「いつも薪を御供えしてくださり、ありがとうございます。この小僧さまは何でも願いを叶えてくれます」お爺さんははなたれ小僧さまの力でお金持ちになりました。
◇ ◇ ◇
というわけで、今、目の前に、はなたれ小僧様が居る。自分で言ってて、ちょっと意味がわからない。
発端は一ヶ月前、新しいお母さんがやってきたことであろうか。父が連れてきたこの継母は、毎日お弁当を作ってくれた。
継母は、育ちの良さそうな、苦労していなさそうな、捻れたところのない、すんなりふくふくしたおばさんだ。
対して俺は、実母にネグレクト気味に育てられ日常的に苦労した結果、ひねくれてこじらせまくった、対人恐怖症で潔癖症の高校生。
高校生の息子に何の疑問も持たずにお弁当を持たせてくれる、真っ当な神経をした継母には申し訳ないが、食べられない。
他人の作った料理どころか、触った食材そのものにすら抵抗がある。しかも、軽くキャラ弁。デコってるってことは、それだけコチョコチョちょこちょこと弄くってるってことだ。手で!
おえっ。
ごめんなさい、お継母さん。あなたのことは嫌いじゃない。むしろ好感を持ってる。すんなりまっすぐ生きてきた人を見ると、人生に希望が持てるから。
普段のご飯は何とか食べている。だけどお弁当はどうしても食べられない。
海苔で目鼻をつけたおにぎりとか、ウサギさんのリンゴとか、ほんっと無理。手の温もりと手垢を感じる!
というわけで、継母は傷つけたくないし、お弁当は食べられないしで、困った俺は、学校裏を流れる川に毎日お弁当を捨てて帰っていた。
そうして、ちょうど一ヶ月が経った今日。
いつものように、土手に自転車を置いて河川敷へ下りて行き、人目を気にしつつ、川にお弁当の中身を捨てて手を合わせる。
「お継母さんごめんなさい。食べ物を捨ててゴメンなさい。川を汚してごめんなさい」
いつもの文言を心の中で唱え、謝罪していると、
「いつもありがとうございます」
声をかけられた。
いつの間にか傍にいたそのお姉さんは、この世のものとは思われなく、とんでもなく綺麗で、自分なんかに声をかける理由もわからないし、まして俺ときたら弁当を川に捨てるという二重三重に罪深い行為をこっそりと終えたばかり。
見たよね?絶対見たよね?
ありがとうって何だろう。イヤミ?
暗に責めてるの?
「わたくしは竜宮の使いの者です。あなた様が毎日お弁当をお供えしてくださったこと、我が主はとても喜んでおります」
何のことやらわからず、ただただ固まる俺をよそに、話は進んでいく。
「つきましては、感謝の意として、こちらの小僧様を受け取っていただくよう、主に言い使って参りました」
両脇を抱えられてずいと差し出されたそれは、しかし、反射的に受け取りかけた手が止まる代物だった。
メ○ちゃんとかポ○ちゃんとかいう、幼児の持つ抱き人形のようでありながら、鼻の下にはどろっと汚い、濁った粘液がぶら下がっている。おえっ。それに、なんか、目つきが悪くて、かわいくない。さりげなく、手を引っ込める。
「えっと、これ、なんすか?」
この人形に対して、というより、この状況全てに対して、やっと出た言葉がそれだった。
「こちらの小僧様は、あなた様の願いを何でも幾つでも叶えてくださいます。その代わり、一日に三度、エビのなますを食べさせてさしあげてください。それでは」
綺麗なお姉さんは抱き人形を足元にことりと置くと、煙のごとく霧散した。
「えっ、ちょっ、待って!」
思わず踏み出した足が、抱き人形を蹴った。
「うわ、ヤバっ」
思わず拾い上げてしまった。やはり汚い。うえっ。
鼻水もだが、着ている物も相当ボロいし汚いし、じっとり湿っている。昔話に出てくる子供が着てるようなボロい着物を、更に水たまりに叩きつけてぐりぐりと踏みにじって乾かしたのを、着ているというより、ひっかけている感じだ。
「お前、おいてかれちゃったな」
なんか、ちっさい頃の俺みたいだ。
俺は小僧様を地べたに座らせると、リュックを漁ってマスクを取り出した。耳にかけるゴムをちょいちょいと結んで、小僧様サイズに調整して、つけてやる。俺の持ち物に鼻水つけられるのは勘弁してほしい。
「蹴ってゴメンな。とりあえず帰ろうか」
人の形をしているものって、なんか話しかけちゃうよな。
コクコクコク
頷いた!?
「お前、動けるの!?」
コクコク
「喋れたりは?」
ブンブン
あ、喋れはしないのね。
うーん、と少し考えて、小僧様をふと見ると、キラキラした目でこっちを見ている。目つき悪いなんて思ってごめん。三白眼だけど、穢れのない、疑うことを知らない、純真な目だ。
「お願い聞いてくれるんだよね?」
コクコク
「じゃあ、お願い。喋れるようになって」
目を見開いてびっくりした顔の小僧様が、マスクの中で「ずずずっ」と鼻をすする。瞬間、チカッ!と小僧様の喉のあたりが光った。
「a、ァ、ぁあー。えっと。こんにチは?」
「マジか。コミュニケーションとれるとか、エモいわー」
「えも、、、?」
「んー。グッとくるって感じ?」
「!あー、ぐっとくるか。わかるぞ」
「それでわかるのか」
小首を傾げたり、両手を上げて喜んでみせたり、仕草は子供っぽいが、子供設定で接して良いのかな。
「訳わからないこと言ってゴメンね。とりあえず家に帰ろうか。あ、って、小僧様の家じゃなくて俺の家だけど」
「もんだいない。おまえに『要らない帰れ』と言われるまで、おまえの家が、われの家」
「はは。良かった。自分の家に帰りたいって泣かれたらどうしようかと思った」
「ば、バカにするでない!これでもお役目はわかっている」
プンスカしている。普通に子供だ、これ。
しかし、自分の家に帰りたいけど、与えられた役目を全うするまでは帰れないってことか。これは、さっさと帰らせてあげるべきだな。しかし、その前に、
「帰ったら、お風呂に入って、ついでにそのぼろ切れを洗おう」
「なぬ!?身包み剥いで、われを熱い湯につけると!?」
「あ、あと、家まで自転車で二十分くらいかかるんだけど、前カゴが良い?リュックの中が良い?」
「な!われは荷物ではないぞ!・・・ま、前カゴ」
ひとつ頷き、リュックからジャージを引っ張り出して、小僧様を包むようにして抱き上げ自転車に戻る。前カゴにノートを敷いて平らにし、その上に包んだジャージごと座らせてやる。他人の服なんて気持ち悪いだろうけれど、直だとお尻が痛そうだし、自転車の前カゴって、風がビュンビュンきて寒そうだから諦めて貰おう。
「なるべく静かに帰るけど、落っこちないように、ここ掴んでてね」
神妙な顔をして、言われるままにしっかり掴まる。素直でかわいい弟みたい?すごく利口なペットみたい?そう考えて、ふと心が痛くなる。
実母にとって俺はまさしくペットかオモチャだったんだろう。普段は無視して、自分が構いたいときだけ構って、飽きたり都合が悪くなれば放り出す。そうしておいても良いお荷物。ボロボロの汚い服も、小さい頃の俺みたいだなと、洗濯してもらえなかった昔を思い出して自嘲する。
『おまえが要らない帰れと言うまで』と、小僧様は言った。母のように、飽きたら要らないと投げ出すのだろうか、俺も。
「ん?われは大丈夫だ。投げ出されはせぬぞ」
心を読まれたのかとぎくりとするが、当の小僧様は心底不思議そうに、しかし、相変わらずキラキラした目で俺を見上げている。
「行かぬのか?」
あ、前カゴからってことか、と気づいて少し笑う。目の前にいるのは幼い自分じゃないし、俺はあの母では無い。振り切るようにゆっくり瞬きをひとつして、自転車を漕ぎ出す。
「あ、小僧様。もう一個、聞きたかったんだけど。エビのなますって何?」
「あーそれは、な。知らなくて良いぞ。実はわれ、あれ、嫌い。要らない。もう飽き飽き」
「!おまっ!飽きたとか!要らないとか言うなよ。エビのなますの気持ちにもなれ!」
「エビの気持ちならまだしも、なますの気持ちにはなれない。おまえ、おかしなことを言う。神経質過ぎ」
くっ。生意気な!こうなったら、ぼろ切れの代わりに、綺麗な布で洋服を縫ってやる!馴染んだ服を取り上げられて、慣れない小綺麗な服を着せられる辱めを受けろ!
「よし。飛ばすけど落ちるなよ」
俺はサドルから尻を上げると、有らん限りの脚力で立ち漕ぎし始めた。
「しかし、おぬしは変てこな奴じゃな。我を話せるようになどと願った奴、初めてだ」
「?何か言ったか?」
「何でもない。もそっと慎重にせい!」
「ゴメンゴメン。でも、早く帰って手洗いたいし、ジャージも洗いたい」
「おぬし、本当に失礼な奴じゃな」
憎々しく呟く。しかし、新たな我が家への帰り道、夕陽に照らされた小僧様は幸せそうに笑んでいた。
〈 おわり 〉
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