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結論から言えば、学校では何もなかった。
ナナミは私に目もくれなかったし、昨日まで友達だったはずの残りの四人も右ならえをするように私を無視した。彼女たちは文字通り私に何もしていないので、「何もなかった」と言うほかない。
ナナミたちと話す代わりに何をしたかも覚えていない。気がついたら私は昨日ナナミに首を切られた場所に立っていて、目の前には昨日の女性――マリアがいた。
「よし、行くぞ」
行き先も告げずに歩き出す彼女に、私は何も言わず付き従う。
ところが、たった数歩歩いただけでマリアが振り返り、こちらに向かってきた。慌てて下がろうとしたけれど、彼女は私を押し倒す勢いで近寄ってきて、そして言った。
「なぁ。お前バカか?」
「……え?」
一瞬昨日のナナミを思い出して、また震えそうになる。しかしマリアは溜め息をついて続ける。
「自分で言うのもアレだけどよ、昨日会ったばっかの人にどこ行くかも聞かないでついてく奴があるか、ボケ」
最後の「ボケ」に合わせてデコピンされた。額を押さえる私を、マリアはただ見下ろす。
「……どこ行くんですか」
「カラオケ」
最初から普通に言ってくれればいいのに。
***
私は耳を塞いでいた。
部屋に入るなりマリアが入れたのは、ゴリゴリの洋楽メタル。見た目からしてそっち方面っぽい雰囲気はあったけれど、彼女から出てきたシャウトの声量は、それはもうとんでもなかった。
「……はぁー、気持ち良い」
歌い終わったマリアがマイクをこちらに差し出す。
「お前も叫べ」
歌え、ではないのが何となく引っかかった。
昨日から話しているマリアには分かることのはずだけれど、私の声はあまり大きくない。声を出すのが得意ではないのだ。普段ナナミたちと行っていたカラオケでもほとんど歌わなかった。
――もう、彼女たちとカラオケに行くこともないけれど。
その思考を見透かすように、マリアは言葉を続ける。
「叫べよ。お前をディスったアイツに向かって叫べ。お前がやられっぱなしの弱い奴じゃないことを証明しろ」
しぶしぶ受け取ったマイクを見つめる。証明すると言っても、この場にナナミがいるわけではない。何の意味があるのだろう、これは。
しばらくそのまま黙っていると、マリアはまたひとつ溜め息をついて、もう一本あるマイクを握った。
「じゃあ、アタシも一緒に叫ぶ。これならどうだ」
そう言うとマリアは「あーーー」と普通の音量で声を出す。それくらいならと、私も同じようにする。
次に、ほんの少しだけ大きく。私も同じようにする。
その次には、もう少し大きく。私も同じようにする。
さらに大きく、より大きく、かなり大きく、極めて大きく。
「あぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
「あぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
「もっと!!!」
「あぁぁぁァァァッ!!!!!!」
「まだまだぁ!!!!!」
「アァァァァァァァァァッ!!!!!!」
生まれて初めて――正確にはたぶん赤ちゃんのとき以来だけれど――こんな大声を出した。
けほんと咳をしてから、マリアは満足そうに笑った。私もけらけら笑った。
「よし! 合格!」
――この「合格」は私の叫びに対してだと思っていたけれど、その本当の意味を私が知るのは、また次の日のことだった。
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