あの時は、君じゃなくても良いと思っていた。

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「どのタイミングで抜け出そうか」 左側に座る男の存在をすっかり忘れていた。 整った顔立ちをしているとはいえ、彼の存在感があまりにもなかったのだ。 普通、かっこいい人は注目の的だ。 少なくとも今日の参加者の中で彼の容姿が一番だろう。 けれど誰もが彼を視界に捉えていない。 私の右側に座る友達も、別の男と会話を楽しんでいた。 何とも不気味な状況だ。 まるで存在を消しているかのように思える。 「それは私に言っていますか?」 「もちろん。最後までいるつもりだった?」 「いいえ、帰る予定でした」 「利害の一致だ。 お互い気が合ったことにして、途中で抜け出そう」 合コン開始五分。 早々に抜け出す計画が立ってしまった。 もちろん今すぐ抜け出すわけにはいかない。 頃合いを見て、一番スムーズに抜け出せる時を狙う。 メンバーのお酒の量が増え、徐々に酔ってきた頃。 再び彼が動き出した。 「俺たち、今から抜けるね」 少し静かになったタイミングで口を開いた彼の声が、全員の耳に届いたのだろう。 私の友達は『こんな(ひと)いたっけ?』という表情を浮かべ、彼の友達は驚いた様子だった。 「まさかの裕翔が持ち帰り!?」 「明日は嵐だな」 「俺もここまで気に入った()を見つけたのは初めてかもしれない」 ようやく彼が笑みを浮かべる。 柔らかな笑みだったけれど、明らかに作り笑いだ。 私も作り笑いが得意なため、よくわかる。 結局彼の友達に背中を押されるような形で、私たちは合コン会場を後にした。 どうやら上手くいったようだ。 思いの外、早く帰れた気がする。 今日は家でゆっくり過ごせそうだ。 「では私はここで失礼しますね。 ありがとうございました」 仮にも彼の言葉で抜け出せたのだ、一応お礼を言っておく。
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