西日暮里 VS 田町 鶯谷の攻防

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私は車内を見渡して叫べそうな場所を探した。 窓は開かない。座席の下は? 空調設備だ。ともすれば、連結部は? 乗客が多すぎる。土曜の昼なのに、ぎゅうぎゅう詰めだ。じゃあどうする? ここで叫んでしまうのか……。 それは駄目だ、大勢死人が出るぞ、と私は思った。 凡人なら、奇人扱いで済むだろうが、折あしく私は大声コンテスト日本代表だ。 私がひとたび叫ぶなら、ほとんどの人間の鼓膜は粉砕され、すり身になって鼻から出る。 しかも今日の私は大事な試合のために「声量飲料水」を2本も空けている。こんな狭く響きやすい場所で叫んでしまったら、山手線はおろか、鶯谷のホテル街にまで被害が及ぶだろう。 私は沸き上がる咆哮衝動をなんとか抑えようと、口パクでJR新宿駅の乗り換えアナウンスを唱えることにした。 音声学の学会でも咆哮衝動を抑えるには、法令の条文か首都圏の乗り換え案内を唱えることが推奨されている。 法令の条文は噛みやすく(噛むと効果は薄くなる)、私はいつも新宿駅の乗り換えアナウンスを暗記して、いざという時に唱えることにしているのだ。 次は新宿、新宿。おでぐちは左側です。ちゅうおうせん、しょうなん新宿らいん、さいきょうせん、おだきゅうせん、けいおうせん、ちかてちゅっまるのうちしぇん。やばい、噛んだぞ。とえいちかてちゅ、なんだっけ……?
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