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「アンタのような目をした奴を何人もみてきた。過去を忘れた奴、過去を置いてきた奴、許されることを願わず彷徨う奴。不機嫌で無表情な空と同じ顔してる」
「……オレもそうだといいたいのか?」
「別に。俺も他人に興味はねえ。ただ久しぶりに話をしたかったのさ」
マスターは店の片隅の写真立てに目をやり、言葉を続ける。
子供を抱きかかえ、優しく微笑む女性が写っていた。
「色を無くした空は、神様が地上に蓋をしたんだ。都合の悪い時だけ祈る人間に、愛想をつかしたのさ」
「……」
男は答えずに、席を立ち店を出た。
世界から争いが絶えることがなく、誰しもが我先にと奪い合った結果、過去の遺物と残骸のような絶望が残った。
人々の生活からは希望が消え、ただ生きているだけの日々。
太古の昔、空を駆ける『鳥』という生物がいたそうだ。姿を消してしまったのは、人間が空から、本来の色を奪ってしまったからだという。
彼らの大地を奪うばかりでは飽き足らず、自分たちの『明日』も奪い合ってしまったこの愚かな生き物は、残されたかすかな希望にすがる。今日という、かすかな希望。
生きているだけの毎日は、火のついたタバコのようなものだった。
やがて男の命は燃え尽き、灰と煙になり消える。
ついに金も食料も尽き、死を待つ男は仰向けになり自然と空を見上げた。
いまにも泣き出しそうな空を見るのは忍びなく、手近な建物に入った。
そこは古びたライブハウスだった。
客は誰もいなかったが、ステージに1人、女が立っていた。
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