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空が本来の色を無くしたのは、もう何世紀も前のことだ。
『青空』なんて単語があったことさえ誰もが信じなくて、この濁った空の向こうにあるものを、誰も知らない。
「兄さんは神様を信じるかい?」
ぶらりと立ち寄ったバーのマスターにそう声を掛けられた。
「不確かなものは信じない。頼るのは紙様だけだ」
男は代金の紙幣をカウンターに置いた。
「待ちなよ。一杯くらい飲んでいきなって」
差し出されたのはウォッカという名の酒だった。
客は久しぶりなんだ。少しばかり、話し相手になってくれ。
マスターはそう言って、タバコに火をつける。
煩わしさもあったが、男が『組織』を抜けてから人と話すのは久しぶりだ。
「いいだろう」
妙な真似をすれば始末する。一度は上げた腰をおろした。
男が『組織』を抜けた理由は、不快な色に囲まれた日常に嫌気がさしたからではない。
ナイフの銀、紫の花、白い銃、青い制服、真っ赤な鮮血。
美しいと感じるのは黒と無色だけだった。
男には『哀しい』や『愛しい』感情が抜け落ちていて、そんな無機質な自分がふと見上げた空の色に、心を重ねていたのかもしれない──
気付けば『組織』を抜けて、ちょうど一年が経っていた。
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