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 ○月×日  透明人間がコートとソフト帽のいでたちでやってきた。 「先生、生きているって、なんでしょうね……」透明人間は顔と手に巻いていた包帯を外しながら言った。「もうつくづく嫌になりました」 「何をおっしゃっているんですか」私は言った。「そんなに羨ましいからだなのに……」 「羨ましい?」コートも帽子も脱いで、すっかり姿の見えなくなった透明人間の悲しい笑い声が聞こえた。「本当にそう思いますか?」 「そりゃ、そうですよ。何をやっても見つからないんですからね。現に今だって何をしているのか分からないですよ」 「それが悩みなんです」寂しげな声がした。「何をしても見えない。つまり、誰もわたしの存在に気づいてくれない。大勢の中にいても孤独。どんな事をしても無視されっぱなし。このからだを呪いますよ!」  突然、窓が開き、カーテンが外へ向かって一瞬だけ人の形に膨らみ、元に戻った。窓の下は切り立った崖だ。しばらくすると、崖下からどさりと何か重い物が到達した音が聞こえた。  明日探してみよう。流れた血が透明でなければいいが…… 私はそう願っていた。
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