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「う……うん」
頭を揺さぶり、身を起こした底は真っ暗闇。右も左もどころか足元さえ視えない。
「火車?」
己の式を呼ぶも音沙汰のないことに、此処が現世で無いと知る。
『そなた、いつからそうも弱くなった?』
呆れたそれよりも、もっと酷い、それは失望という声音だった。そう、それこそが涼音の最も恐れている声音だ。
「私を存じているのですか?」
『くくくっ、ふてぶてしい顔で舞謡うのがそなたの十八番であろうが?あれほどの強さを何処へ捨てて来た?』
「ふ、ふてぶて……?」
他人からはそう見られているのだと少し落ち込むが、聞かなかったこととした。
「……そもそも私は強かったのでしょうか?」
それすらも分からなくなってしまった。傍に在りたいのに、在ることがためらわれる。最早、望まれていないのではないかと知るのが怖い。
「人の心は移ろいやすいもの。どうすれば良いのか分からないのですよ」
涼音はまるで迷子の幼子のような心持であったのだが、此処が真っ暗闇であることが不思議と落ち着かせていた。こうして弱音を吐くことも、弱い己を誰に見せることも無いのだと思うと安堵する。
「どなたかも分かりませぬが、かようなところに独りでは寂しくはありませんか?」
『我が名は『王旭』旭の王らしい。さも名前負けもいいところだろう?だが、暗闇にいて尚、寂しさなど知らぬわ。お前はどうだ?陽の当たる場所にいて尚、我よりも寂しそうだぞ?」
「足枷になりたくないのです。なのに、お傍に在りたい。望まれたい。欲に溺れて寂しさを募らせて……愚かなことだと思うのに止められない」
『ふん、我も同じであったさ。望まれたいと、望んだ末路が此処よ』
「望んではいけなかったと?」
『かもしれぬが、望まずにはいられなかった。どうしても手にしたかった』
今尚、手に入れたいと欲する者のみが持つ漲るほどの強さを宿す声。きっとまた同じ道を選ぶだろうと声の主は示していた。
「私はやはり弱いのかもしれません。望むことに怯えてばかりいるようです」
『ふんっ、望んだところで物事は成るようにしか成らぬだろうよ』
「いいえ。為せば成るものと私は知っています」
『我は成らなかったさ……』
「手を取れば、他に違う案が浮かぶかもしれませんよ?」
涼音は視えない暗闇に手を差し出した。きっと独りでは視えてこないこともある。独りでは成し得ないことの方が遥かに多いと知っている。
『ふっ、此処で我と共にいるというのか?』
「いいえ。この暗闇を抜け、共に旭を拝みたくなりました。縁とは結ぶものではありませんか?」
『共にだと?』
「はい。旭とは誰もが望むもの。望んで良い筈です。あなたにその名を与えられた方は、あなたにそれを見ていたのでしょうね」
旭――それは希望や夢の象徴。
「標とする良き名です」
更に手を伸ばせば、その者はためらう気配をみせながらも、涼音の手を掴んだ。
(嗚呼、何てこと……)
その者の手は亡者のそれ――骨だ。
「やはりここは甚く寂しいところです……。私はあなたを望まれた場所に連れて行きたい。良いですか?」
『やはり、お前は強い。そしてこうも……(美しくある)』
他者の心をこうも震わせるほどに。
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