我が名は

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『やはりそなたにかような場所は似合わぬわ……』 手を放そうとした王旭の手を涼音は慌てて掴んだ。如何に目を凝らそうとも視えない闇だ。放せば二度と結べないだろう。 「共にと申した筈ですよ?」 『我は行けぬ。望む者がいてこそ道は繋がる。出るには洞に残る者に送り出されねばならばい。此処はそうしたところだ』 我こそがと足を引っ張り合うばかりの輩が巣食う場所。他者の為を想って送り出そうなどとは露ほども考えない。それ故に、永劫に出ること能わず。 「まるで蜘蛛の糸のようですね」 『分ったなら、そなただけ行け。それが我の務めだ。元よりそなたを連れ込んだのは我だからな』 それは違う。(いざな)ったのは王旭に違いないだろうが、求めに応じたのは涼音自身にある。涼音にはそれが分かっていた。そして、それは王旭にも。だからこそ王旭は『弱い』と涼音を(そし)ったのだ。 「ふふっ、私は強いのでは?またもや撤回ですか?」 『?』 涼音は胸に手を添え、毅然として宣言する。 「我こそは泣く子も黙る『鞍馬小天狗(くらまのしょうてんぐ)』』 そして、声高らかに命じた。 「契約の名の下に急ぎ馳せ参じよ!その名を『光先(みさき)』!!!」 涼は『てっせん』をひらりと開いて一振りに翻す。途端、纏っていた唐衣は狩衣装に早変わりした。扇から覗かせた面差しは、凛々しくもふてぶてしい。 『おおおおぉ!!!お姫っ!我の神姫っ!!!』 泣きじゃくりながら、光先(みさき)――涼音の式神である火車(ひぐるま)は現れ出た。闇を切り裂き、光の道筋が現れる。 『お姫、お姫』と、擦り寄らんばかりの火車を宥めながら、涼音は王旭に不敵に笑む。 「さぁ、迎えは参りました。光射す先へ共に向かいましょう」 彷徨える魂を導くのが陰陽師の務めだ。  洞を抜け出し、共に光の下に立つ。 「また何処かで、そう願っております」 後は導きのまま王旭自身が歩まねばならない。涼音は王旭に別れを告げた。 『……』 王旭は何も言えなかった。  別れを告げることも、胸に秘めている何かを告げることも、これが最後となる伝えたい想いは多くあるというのに、言葉になるようで何一つならなかったのだ。 「王旭殿、大丈夫ですよ。もう標を失うことは無い筈です」 未来(さき)は照らされている。と、微笑む涼音に、ようやく王旭は何も伝えずとも良いのだと腑に落ち、涼音に背を向けた。  光の先へと向かう王旭は確かに微笑んでいた。それは王旭らしからぬ、心からの笑みだった。振り返ることは無い。  心に秘めたものだけで王旭は満たされ、先を目指したのだった。 
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