女子というものは

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 鬼神が人としての生を得て以来の、涼音と崇道はというと、めでたく婚儀に至るどころか互いに別々の暮らしを営んでいる。  涼音は依然としてもぐりの陰陽師を生業に、そして片や崇道はと言えば……。 「こうして人として生を受けたはいいが、今の俺にお前に添えられるものなど何も無いからな。一人の男として、身を立てるまではお前に触れる気は無い」 そう告げるや崇道は涼音の元を去ってしまったのだ。  去ると言っても、手の届かぬところに行ってしまった訳では無い。崇道は仕官し、木工寮に属していた。大工(こだくみ)の仕事を見ることが大層に好きだった鬼神らしいと、涼音はそれを快く見守っていた。  元々教養の高い身の上に加えて、広い見識を持つ崇道は、木工頭(こだくみのかみ)にも覚えめでたく、めきめきとその頭角を現していた。それは真に喜ばしいことなのだが、崇道は仕事に打ち込むどころか、のめり込んでいく。机上で設計した図案が実現する様に面白さを覚えて、今では遥か遠い大陸の建築技術にまで想いを馳せていた。   「これは船にございますね」 床に散らかされた製図の一つを拾い上げながら、涼音は目を瞠る。 「ああ。大陸へ向かうならば、それくらい大きなものでなくてはな」 今もまた仕事を持ち帰っている様子で、崇道は文机に向かったまま応えた。時折頭を抱えては、算盤を弾いている。眉間に皴を寄せ、その面差したるは真剣そのものだった。 「海を渡られるのですか?」 「ははっ、所詮は絵空事よ。財源の乏しい今、それほど容易く造れる物でも無いな」 それが戯れに描いた様なものであれば、共に一笑に付せただろう。緻密に計算しつくされた図面に、涼音は何も言えなくなった。崇道の背を眺めながら、急にその背が遠くにあるように思えてしまう。 「その時は……私を置いて行かれてしまうのでしょうか?」 思わず、小さく零してしまう。 「ん?何か言ったか?」 振り返った崇道に、涼音は小さく首を振る。 「そうそう、明後日には南都に下ることになりそうだ。弓削(あいつ)がぶち壊してくれた殿舎の修繕に向かうことになった」 暫くは留守になると伝えるや、また忙しなく文机に向かってしまった。そして涼音に背を見せたまま、(くだん)の事変で倒壊した修繕のみならず、ついでに老朽化の修繕にも至ることになりそうだとぼやいていた。  そして宣告通りに崇道は南都に旅立ってしまう。  そんな調子で忙しいあまりに会えない日々どころか、京に戻るのが半年ほどは先送りになるだろうと素っ気なく伝えてきた文を最後に、その文さえも途絶えて久しい。  けれどそれも元来、マメな性分でないのは承知の上。今更、それを気に病むなどそも可笑しいのだろうと、涼音は己を慰めていた。
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