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『火車とはな。神姫よ、もう少し捻った名は我に無かったのか?』
式となって随分になる頃、今更な不平を零す火車に涼音は困った顔をして、鬼瓦のような厳つい彼の顔に手を添えた。
「ならば、どんな名が良いというのです?」
『……』
それを考えるのは主であるお前の務めだろうと言いたいのか、火車は顔を顰める。その顔が少しばかり寂しそうにも見え、涼音は少なからず罪悪感を抱いた。
「名で縛るは難儀なことだと思ったのですよ。何れ、あなたが一途に添いたいと願う者が現れた暁に、望む名で呼ばれれば良いとしたのです」
式神を行使するとは、その者と主従関係を結ぶことにある。強く『個』を示す名であるほどその縛りは強く、主の命は絶対となる。
『それは……我を式とするは不本意だということか?』
不貞腐れた声音で問えば、涼音はあっさりと頷いた。
「はい。式とするではなく、私はあなたの友でありたい。火車、あなたの心のままに傍にいて欲しいのですよ」
「!」
長らく妖として生きている火車であるが、後にも先にもこれ以上にときめいたことはなかった。生涯、この神のような姫に仕えたいと願った瞬間だったのだ。
『神姫、やはり我は名が欲しいっ!我はそなただけの式でありたいのだ』
心から迸る欲のままに叫んでいた。車輪を血気盛んに唸らせ許しを請う。
「では……『――』と。私だけがその名を呼びましょう」
まるで秘め事の様に人差し指を口に添えて微笑む涼音に、火車はその大きな輿を揺さぶり、悦びに悶えた。
そんな主が逝った。人の命は儚いものとそれなりに覚悟はあった。
だが、だが……っ!
『ありえんっ!!!これで終焉だと?ふざけるなっ!!!在奴は何をしておるのだっ!?』
涼音が哀し気な顔をしていたのは知っている。ずっと待ち続けているのも知っていた。それでも、その分を埋めるように己が主の傍に在りさえすれば良いとも考えていた。
「くっ!!!何故にあのような顔をさせておくのだっ!」
憤怒に鼻腔から赤い焔が吹き出た。
「崇道ぉっ!!!何をしておるっ!?貴様でなくては救えぬぞっ!!!」
火車の身体から火柱が上がった。
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