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男というものは
時は少しばかり遡って、これは崇道が造営使の任を受けた日の夜にあたる。
希代の官人陰陽師、弓削真人は幾分に臍を曲げていた。
「私のあずかり知らぬところで、まさかちゃっかりと嫁を娶っているとはね……」
してやられたよ。と、連れ合いである川仁に祝いの酒を注ぐ。
「何だ、それで不貞腐れてるのか?」
崇道は「我の酒だぞっ?」と、弓削から徳利を奪って、川仁に溢れんばかりに更に注いだ。次いで弓削の杯にも。弓削が注ぎ返そうとするも、己の手ずから注ぐ。
「我がお前に注がせるかよ」
ニヤリと口角を上げて、川仁に向かって杯を上げてから、さも旨そうに啜った。そんな調子で杯を空け続けた酒豪三人衆。ようやくほろ酔い加減もあったのか、なかったのか。何ら、顔色を変えずに絡みだしたのはこの男。
「で、何してるの?」
主語などまるでない問いにも関わらず、崇道は弓削の冷えた眼差しで全てを察する。
「分かっている」
無愛想に告げながら、己の杯に酒を注ごうとした崇道から徳利を奪って、弓削は強引に満たしてやる。そして、挑むように切り返した。
「いや、いや。可笑しいくらいに分かってないじゃないか」
「どうして添い遂げてやらない?」
苛立つ弓削の言葉に被せて川仁は直球で問う。
「……その資格が無い」
「「はぁ!?」」
涼音の雇用主兼後見人でもある左大臣、源亘の計らいがあって、崇道が仕官できたまではいい。その威光により叙位も叶えられたとあっては、もう足を向けては寝られないだろう。その大臣が、腕を組み、口を真一文字にして告げた。
「娘はやらんっ!」
(いや、娘ではないだろうが……)
そんな心の声を聴き遂げたか、否かは知らないが、大臣は条件を突きつけた。
「主が次期、木工頭となるまではと言いたいが、若輩のそなたには厳しかろう。そなたらが破壊した平城宮の修繕費、それで手を打とうではないか?」
「はぁ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「無論、全額出せと言うのではない。そうだな……これくらいになるように取り計らえ」
パチパチと算盤を軽やかに弾く。覗いたその玉の数にも目を剥いた。平城宮は仮にも帝の御所。下手な材などは使えない。それこそ千年は保と謳われるものにするなら尚のことだ。
「それは柱の一本がどれくらいするか知ってのこと……ですか?」
今更の慣れない畏まった言葉遣いに、大臣は鼻で嗤った。
「仕官するなら慣れるよりはない。私を父と慕うなら尚のこと」
誰が!?っと、思わずにはいられないが、口にするほど愚かでは無い。この男を涼音が遠からず慕っているのを知っている。
「主は必要にあると思うのか?」
底冷えする冷ややかな眼だった。取り敢えず繕えればよいと、その目が伝えている。何れ忘れ去られた居城となる。
(これを郷愁……というのだろうか?)
「その値でできれば……貰い受けてよいと?」
「ふふっ。良かろうて。だがそなた、気張らねばその任にさえ就けぬぞ?」
(ちっ、この狐狸めっ)
大臣の言は正しい。
仕官したばかりの崇道が取り仕切れる案件では無い。先ずは才を認められ、地位を得ねばならないのだから。
そして、そこからの崇道は先に述べた通り、正に仕事の鬼となった。己を戒め、仕事一筋に邁進する。
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