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ヒロユキもここに……と思っていると、開かれた扉の向こうに異様なものが見えた。仏像だろうか。大きなそれが三体並んでいる。しかし仏様にしてはその表情が鬼みたいに禍々しい。それにポーズもおかしい。それぞれが目と耳と口を両手で隠している。見ざる聞かざる言わざる。まるで日光の三猿のようだ。
「これは?」
私の視線に気づいた老婆は三体の像を見上げると、
「ああ。これは守り神ですよ。村の秘密を守ってくださってるんです」
「秘密?この村にそんなものがあるんですか?」
「ありますとも」
「どんな秘密ですか?」
軽い気持ちで訊ねたのだが、
「それを言っちゃ、秘密にならんでしょうに」
想定外の厳しい口調だった。狼狽える私に老婆は笑って見せると話題を変えた。
「残念ながらここにお風呂はありませんけど、あんたの彼氏さんが使った布団はまだ置いたままだから、それを使って休むといい。あと、のちほどおにぎりでも持ってきてあげましょう。お腹が空くでしょうから」
「ありがとうございます」
「そうそう、明日の朝一番にタクシーが来るよう手配もしておきますから」
「すみません。よろしくお願いします」
それに手を挙げて応じた老婆がお堂を離れていく。
太陽は既に山の向こうに姿を消し、村は夜の帳に包まれつつあった。
梁がむき出しになった天井から吊るされた裸電球に小さな蛾が何度もぶつかる。そのたびに鱗粉が撒き散らされる。気持ちが悪いのでその真下に敷いていた布団を移動させた。明かりを消せば蛾もいなくなるのだろうが、消せば真っ暗になるから躊躇われる。
時刻は八時を少し回ったところだ。寝るにはまだ早いので、日課になっている動画でも見ようと携帯を手にしたが電波が来ていなかった。今時まだそんな場所があることに驚かされた。
さてどうしようかと思ったところで彼の荷物が目に留まった。黙って見るのは気が引けたが、暇つぶしにはちょうどいい。そもそも彼のせいでこんなところに一晩足止めを食らうことになったのだから許されるだろう。
一眼レフのカメラが出てきた。なにが写っているのか見てやろうと思ったけどバッテリーが切れていた。予備があったので入れ替えてみたがこれも残量はゼロだった。
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