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まさか、こんなことがあるなんて。聞くうちに自然とひざが震えだした。そして村長が口にした言葉。それを聴いた瞬間、閉じていた目を思わず開いた。この村はヤバイ。
逃げ出そうと振り返ると、男が立っていた。
「あ……」と声が出た。
背後で障子が開いた。
ぞろぞろと村人が出てくる。しんがりに村長の姿も見えた。逆光で顔は影になっているにもかかわらず目が光ったような気がした。
彼らと向き合ったまま後退るけど、じりじりと距離を詰めてくる。
たまらず踵を返して駆け出した。一目散に走りお堂に飛び込んだ。扉を閉めて中から閂を掛ける。布団にもぐりこみじっと息を殺した。耳を済ませる。近づいてくる足音は聞こえない。
助けを呼びたかったが携帯は通じない。私はそれを握り締めたまま、ただ震えるだけだった。
扉を叩く音で眼が覚めた。辺りはすっかり明るくなっていた。いつの間にか眠っていたようだ。恐る恐る扉を開くと村長が立っていた。最初に相対したときのように柔和な顔だ。
「タクシー、来ましたよ」
「ああ。ありがとうございます」
拍子抜けしたまま荷物を取りに戻る。昨夜のあれはいったいなんだったのか。夢でも見たのだろうかと思いながらお堂を出た。そのまま歩き出したところで村長の足音が聞こえないことに気づき振り向いた。彼女はお堂に向けて手を合わせていた。三体の守り神に祈りを奉げているようだ。
「すみませんねぇ。朝一番にお参りするのが日課なもので」
村長は私を先導するように歩き出す。
昨日停まったのと同じ場所でタクシーは待っていた。運転手も同じだ。
私が車に乗り込むと、村長は朗らかに手を振った。
「それじゃ、お気をつけて」
ありがとうございましたと言って頭を下げると、タクシーはゆっくりと走り出した。
村を出て鬱蒼とした木々に囲まれた山道に差し掛かったころ、運転手が口を開いた。
「あのぅ。昨日はすみませんでしたねぇ」
「いえいえ。夜道は危ないですから、しょうがないですよ」
文句の一つでも言ってやってもよかったのだが、ここは大人の対応を見せた。
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