化かし合い

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「口ほどにもない」  キツネが戻ってきたタヌキに言い放つ。 「ちぇっ、話にならない」 「いいか、わたしをよく見ておけ。そして、見習うんだな」  意気揚々とキツネは足を踏み出した。 「こんにちは」  人間のもとについたキツネは笑顔を作り、挨拶をした。  人間がキツネを見上げる。困惑した表情が浮かんでいた。 「こちら、よろしいですか」  そう断ってからキツネはとなりの席に腰かける。横目で人間の様子をうかがった。うつむきがちで話そうともしてこない。 「ここへはよく来るのですか」  キツネが聞くが、人間はうんともすんとも言わない。もじもじしてなにやら困っているようだ。先ほどのタヌキとのやり取りで警戒しているのかもしれない。 「ひょっとしてお友だちと待ち合わせですか」  思い切って見たことを言ってみる。すると、人間はゆっくりとうなずいた。  やはり友人と来ていたのか、そうキツネは思う。 「その友だちはどこにいるのです?」  キツネの質問に人間はあたりを見回した。しかし、友人のすがたは見当たらなかったらしい。がっかりしたのか、黙ってうつむいてしまった。 「ああ、気になさらず」  慌てて取り繕う。  それにしても予想以上に無口な人間だ。近ごろの若いやつは人と会って話さないらしいが、ここまでとは知らなかった。社会の行く末が不安である。  思わずキツネが人間社会の心配をした。 「お友だちはまだ帰ってきませんか」  本題に話を戻す。人間はわからないといった感じだった。ひと言もしゃべらないので推測でしかないのだが。 「じゃあ、帰ってくるまでお話ししましょう」  これくらいは大丈夫だろうと思ったが、人間は想定外の反応を見せた。突然首を横に振られた。それも、ものすごい勢いで。  無口な上に感情が読めない。えらく不安定だ。タヌキが手こずるのもわかる気がする。 「いや、変なつもりじゃないんですよ」  申しわけなさそうにキツネが話す。今度はぴたっと動きを止め、下を向いて黙りこくってしまった。 「あのう」  キツネが話しかけようとする。人間はびくっと肩を震わせて余計に縮こまった。  手に負える人物ではない。  タヌキを見やると、ほら見たことかと言わんばかりの表情。 「すいません。とんだご迷惑だったようで」  キツネが立ち上がりながらそう告げる。人間は手を振って迷惑ではないと否定するものの、しゃべる気配はない。 「失礼しました」  キツネはうやうやしく礼をして立ち去った。会話が成立しない限りどうしようもない。しぶしぶタヌキのもとへ帰る。
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