11人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「口ほどにもない」
キツネが戻ってきたタヌキに言い放つ。
「ちぇっ、話にならない」
「いいか、わたしをよく見ておけ。そして、見習うんだな」
意気揚々とキツネは足を踏み出した。
「こんにちは」
人間のもとについたキツネは笑顔を作り、挨拶をした。
人間がキツネを見上げる。困惑した表情が浮かんでいた。
「こちら、よろしいですか」
そう断ってからキツネはとなりの席に腰かける。横目で人間の様子をうかがった。うつむきがちで話そうともしてこない。
「ここへはよく来るのですか」
キツネが聞くが、人間はうんともすんとも言わない。もじもじしてなにやら困っているようだ。先ほどのタヌキとのやり取りで警戒しているのかもしれない。
「ひょっとしてお友だちと待ち合わせですか」
思い切って見たことを言ってみる。すると、人間はゆっくりとうなずいた。
やはり友人と来ていたのか、そうキツネは思う。
「その友だちはどこにいるのです?」
キツネの質問に人間はあたりを見回した。しかし、友人のすがたは見当たらなかったらしい。がっかりしたのか、黙ってうつむいてしまった。
「ああ、気になさらず」
慌てて取り繕う。
それにしても予想以上に無口な人間だ。近ごろの若いやつは人と会って話さないらしいが、ここまでとは知らなかった。社会の行く末が不安である。
思わずキツネが人間社会の心配をした。
「お友だちはまだ帰ってきませんか」
本題に話を戻す。人間はわからないといった感じだった。ひと言もしゃべらないので推測でしかないのだが。
「じゃあ、帰ってくるまでお話ししましょう」
これくらいは大丈夫だろうと思ったが、人間は想定外の反応を見せた。突然首を横に振られた。それも、ものすごい勢いで。
無口な上に感情が読めない。えらく不安定だ。タヌキが手こずるのもわかる気がする。
「いや、変なつもりじゃないんですよ」
申しわけなさそうにキツネが話す。今度はぴたっと動きを止め、下を向いて黙りこくってしまった。
「あのう」
キツネが話しかけようとする。人間はびくっと肩を震わせて余計に縮こまった。
手に負える人物ではない。
タヌキを見やると、ほら見たことかと言わんばかりの表情。
「すいません。とんだご迷惑だったようで」
キツネが立ち上がりながらそう告げる。人間は手を振って迷惑ではないと否定するものの、しゃべる気配はない。
「失礼しました」
キツネはうやうやしく礼をして立ち去った。会話が成立しない限りどうしようもない。しぶしぶタヌキのもとへ帰る。
最初のコメントを投稿しよう!