化かし合い

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化かし合い

 街なかでふたりの男がすれちがった。 「や、お前。タヌキだな」 「そういうお前はキツネか」  男と男が目線をぶつける。人間に化けていても獣特有の匂いでわかるのだ。とくにライバル視しているキツネとタヌキである。おたがいの匂いを見逃すはずがない。 「なぜタヌキがここにいる。さっさと田舎へ帰ったらどうだい」 「それはこっちの台詞さ。もっとも猟師の鉄砲が怖くて帰れないんじゃしょうがない」 「なにを生意気な」 「そっちこそ」  不穏な雰囲気である。なにしろキツネとタヌキは仲が悪いのだ。顔を合わせると喧嘩ばかりである。  あまりにも二人がいがみ合っていたため、あたりの人間が不審な目を向けはじめた。 「や、人間の街で暴れるのはまずい」 「しかたない。なにか別の方法で勝負をつけよう」  ふたりは仲良く路地裏へ入っていく。  それというのも、以前人間が見ているなかで喧嘩をはじめた仲間がいたのだ。いきなり変身をといて、取っ組み合いをはじめたものだから街なかで大さわぎになった。その結果、決着がつく前にその二匹は人間の手によって捕獲され、どこかへ連れていかれたまま行方知れず。  そんなわけで勝負をつけるにもスマートな方法をとらなければならないのだ。 「さて、どう勝負をつけようか」 「そうだな」  ビルとビルの間でキツネとタヌキが考える。 「ん」  考え込んでいたキツネが、道路の反対側にあるカフェを見た。テラス席にひとりの人間がいる。 「どうだろう、あの女性をうまく口説いたほうが勝ちというのは」 「ふむ、悪くない」  キツネの提案をタヌキは受け入れた。 「いい女性じゃないか」 「うん、まあまあだ」  長身で目鼻立ちのはっきりした人間である。もっとも人間が動物の顔の区別が得意ではないように、キツネとタヌキも人間の顔の区別は苦手だ。おもに匂いで個体を判別する。したがって、お互いへのライバル心から分かったような口をきいているのだ。 「ちょうどふたりとも男のすがただし都合がいい」 「あの女性も、あたりをきょろきょろ見渡して、いかにも声をかけてくれという雰囲気だ」 「軽く勝負がついてしまいそうだが、かまわないのか」 「なにを」  キツネとタヌキがまた口喧嘩をはじめようとする。  そのときふたりが目をつけていた人間が席から立ち上がろうとした。 「や、まずいぞ」 「いま、いなくなられたら、また別の勝負方法を考えなければならなくなる」  勝負しないという選択肢はないのだ。キツネとタヌキは意地でも勝敗をつける。  そんなふたりの心配を察してか、人間はふたたび席についた。キツネとタヌキがほっとするのもつかの間、別の人間がやってきた。 「あの女性の友人だろうか」 「待ち合わせでもしていたのだろう」 「しかし、その友人、ふたたびどこかへ消えてしまったぞ」  ふたりが見ている前で、友人はほとんど会話もせずにいなくなってしまった。カフェのテラスには人間がひとりである。 「なにか用事があるのだろう。すこし遅れるから待っていってくれと伝えに来たんだ」 「なるほどな」  人間に化けるほどになると聴覚も敏感なのだ。キツネとタヌキはかすかに聞こえた話し声と、人間たちの雰囲気からふたりの状況を想像した。  ひとり席に戻った人間は、あたりを気にするようなしぐさをしている。 「そうと決まれば友人が戻ってくる前に勝負をつけないといけない」 「よし、じゃあおれが行ってこよう」 「あ、待て」  止めるキツネを尻目にタヌキが走り出した。
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