健忘症 教授

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健忘症 教授

 どうやら、私は一人の人物だけ記憶に留められないという症状を患っているらしい。  らしいというのは自分では、自覚できないからだ。申し訳ないと思う。誰かにずっと覚えてもらえないというのはとても寂しいことだと思うからだ。  自分の研究室に入ると知らない男が座っていた。 「誰だ。君は」 「教授の恋人ですよ」  しれっと、男が答える。あれ? 私に恋人なんていただろうか? 心臓がドクンと跳ねた。 「冗談ですよ」  違った。ただの性格の悪い男だった。  次の日、また研究所に知らない男が座っていた。 「誰だ。君は」  私が聞くと 「生き別れたあなたの弟です」    と泣きながら抱き着いてきた。そうか。私には生き別れた弟がいたのか。それで私を探してくれていたのか。感動した。どこか懐かしい感じがしたのも生き別れた弟だったからなのか。 「冗談です」  男が真顔になって言う。違った。性格の悪い男だった。  次の日。また研究室の前に立つ。扉を開けるのがなぜか楽しみだった。記憶にはないが、きっとまた知らない男が座っているのだろうと思う。  そして、私は弾みそうになる心を抑えながら扉に手を掛ける。  この扉の向こうには知らない男がきっと座っている。そして、私は毎日その男に会って、初恋に落ちるのだ。
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