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『 あー もしもし、茉由?
今度一緒に
仕事する事になったぞ!』
「 えっ? 失礼ですがー」
『 あー 悪かった
お久しぶりです
同期の駿です 今
電話大丈夫?』
平日の午前中、マンションギャラリーには来客もなく、ゆっくりと時間は過ぎ、ここのスタッフ達も、各々がマイペースに自分の仕事をすすめる中、
急にバイブとはいえ、驚くほど響いた茉由のスマホに、080の業務用番号から入った電話、それは、すっかり忘れていた声、同期の佐々木駿だった。
「 えー
駿? 久しぶりぃー
何?急に!」
『 あー 今 桜新町の
立ち上げの真っ最中でさぁ
俺も スタッフ候補
聞いてビックリしたけど
そん中から お前のこと
選んどいたから
そこのチーフには
俺から言うか?
お前から伝えるか?
なんて思ってさぁー
どうする?』
「 えー? 別に私から
伝えておくけど
いきなりビックリで?
もう 決定なの?」
『 あー 別に問題なければ
な? そうだ
もうこっちに来れないか?
立ち上げだから
お前ならテキパキと
動くんじゃないかって思って』
佐々木は、いつの、茉由を思い浮かべているのだろう、「テキパキ」とは、今の茉由の感じではないのに。
「 そうなの?
うーん リーダーは何て?」
『 あー リーダーは知ってる
あとはそっちのチーフだけ
俺 忙しくって
話し出来ていないのは 』
「 そうなのね 分かった
立ち上げなら
忙し過ぎるものね 分かる
私から チーフに伝えて
なるべく早く
そっちに入るようにするね!」
『 あー そうして!
じゃあ頼む また連絡する 』
「 分かった
後で報告するね … 」
マンションギャラリーの立ち上げは、なるべく早く態勢を整えるために、チーフは休む暇もないほど、忙しいのは分かる、
佐々木は余程、要領が良いのか、煩わしいことを少しでも省きたくて、少しでも自分のことを知っている者を集めたくて選んだのか、
茉由にだって、こちらで、手を付けたままの仕事だってあるのに、突然の電話で、その、一度だけで済ませてしまうなんて…
けれど、同期の佐々木が知る茉由の性格、それは昔の事。この佐々木の「お達し」にも、何も詮索しないまま、同期の頼みと聞き入れ、
茉由は、あちらの様子が思いやられるだけで、早速、チーフに報告した。
チーフはもう知っていたのか、「あっちはバタバタだから、なるべく早く行ってあげてくれ」と気遣いを見せた。
「 チョット!
何で この箱のペール?
30個もぉ?
こんなに ここで使うの?
これどうするの?
受け取っちゃったけど!」
「 あー それ?
リーダーが注文したから 俺
知らない!良いんじゃない?」
茉由は立ち上げとはいえ、少し遅くに入った、まぁ新参者なのに、来るなり、急ぐ業者から受け取った荷物が大きすぎて、
皆に挨拶もせず、佐々木に話しかけるのにも大袈裟に、ドタバタしてしまい、そのせいか、周りの状態に無防備になる。
「 あー
お前? 久しぶりだけどー
随分変わったなぁー 女女?
してさぁー
お前 他人に甘えないんじゃ
なかったのかよ!」
相変わらず、佐々木は分かったような言いぐさで、それは茉由を傷つける。
『 良いんだ!
他でも、使えるだろ!』
大きなダンボールの荷物の傍から離れず、居場所を探していた茉由の背中に、いつの間にかピッタリと高井が張り付き、
いきなり、カップル感を出していたのを、茉由は気づかなかった。
いったい、この男はどんな靴を履いているのだろう、足音は全く聞こえなかったのに。
茉由は、この大きなダンボール箱のように、いきなり自分の所有物のように扱われた感じが気に障る。ところが、そこに、尖った氷が投げ込まれた。
「 あー リーダーお疲れ様です
でも チョッ と
密着すんの止めてくれます?
そいつ 俺の ですから!」
空気が変わった。
「 ナ・ニ? 言ってる
の お前 … 」
不気味にも、高井は表情を変えずに茉由から離れ、島状に並べられた、そこの「 長 」が座るデスクに着いた。
マンションギャラリーの事務室には、忙しく手を動かす他のメンバーたちも、今、同じ空気を感じている。
「 なぁー佐々木チーフ
ここの期限
俺が仕切り直すか?」
「 あー いえ大丈夫です!」
佐々木は、身体向きは高井に合わせているが、もう、こんな話を終わりにしたいのか、顔は伏せたまま、忙しく動く手元を確認しながら、淡々と作業を進める。
この男、今、自分が何を上司に言い放ったのか、分かっているのだろうか?
茉由は佐々木から、他のメンバーに紹介もされないままだし、自分からも、自己紹介もできないまま、勝手にレッテルを貼られ、
不本意にも、見世物のような状態で、見っとも無く、立ちすくみ、凍り付いたままだった。
『 ん ぁあ~ !
そぉーか ッ ‼ 』
高井はドスの効いた、事務所中に響き渡る大きな声で、無理やり話を終わらせた。
初日からとんだ茶番劇。茉由だけが、とてもザワザワした感じが残る。
マンションギャラリーの仕事は、マンションが完売すれば終わる。そこで解体されるのはマンションギャラリーだけではなく、そこで働く者も同様に解散になる。
でも、部の所属は変わらないから、この二人は高井の部下であることには変わりがない。
以前、佐藤と茉由が、エリアマネージャーから離されたようなことは、異例中の異例で、だからこそ、茉由は同じことを繰り返したくはないのに。
茉由は佐々木が分からない。佐藤のことだって、知らないはずはないのに、だから、さっき、茉由には、あのようなことを云っただろうに。
でも、今、どうするべきなのか、茉由がすぐに、この対峙した中で、どうにかすることでも、なさそうな気もする。
仕掛けた佐々木が次に何をするのか、茉由は、当事者なのに傍観するしかなかった。
実際、高井と茉由の関係は曖昧なままだった。
二人で行動することは多く、その際の距離も、傍からみれば、通じ合っている者にしか見えないだろうが、肉体関係は、未だに無いままだし、
二人は仕事日だけにしか、顔を合わせていないし、休日は連絡だって取らない。少なくとも、茉由は家庭の中にいる時は、
高井の事は全く考えたことが無い。
だから、今回のようなシチュエーションでは、茉由は人から見られる、高井との関係には、自分の気持ちとの、意外に大きなギャップを感じることもある。
茉由との関係を、高井は相変わらずハッキリとはさせない。
高井とのこの関係に、茉由が曖昧なまま、時に上司以上に、甘えていることを、佐々木は分かっていたのだろうか?
だから、「あんなこと」まで仕出かした茉由が、懲りずに、女女しているのが許せないのか?
佐々木の気持ちが、本当は自分に無いとのことを分かっている茉由は、さっきの佐々木と高井のやり取りが、高井に向けられた佐々木の攻撃ではなく、
自分の方に向けられたもので、自分が窘められたような気がした。
これから、ここでの佐々木との距離感に茉由は困った。未だ、それぞれに初対面の者も多く、知り合えていない中なのに、
皆の前で、自分のお気に入りとの宣言をされてしまうし、高井との関係も、きっと、それぞれに誤解されたまま、周知させてしまったのだろうとのことも合わさって、
皆の前で、自分の立ち位置を、どの様にしたら良いのか分からない。
ここで、ちゃんと、やっていけるのだろうか、
いろいろな事が、いっぺんに出てきて、茉由の頭の中はグジャグジャしていた。
茉由は不安を抱えたまま、幾日過ぎても、仕事に集中できない。ここでは何もできないまま、時間だけが過ぎている。
それでも佐々木は、困らないようで、茉由を突き放したまま、凄まじいスピードで仕事を熟していく。
だから、販売状況は順調で、上司に啖呵を切っただけのことはあるようだ。
そういえば、あれ以来、高井はここに近づかない。それならば、茉由自身が、佐々木と向かわなければならないだろう。
「 ねぇ?
駿は 私とリーダーのこと
誤解していない?」
「 あー 何が?」
佐々木は、本当に、茉由に気が無いらしい。
茉由の問いかけに、何の気遣いもなく、ブッキラ棒で、さも、自分が仕切る仕事場で、こんな話を、されたくはないように、仕事の手を休めずに憮然としている。
確かに、佐々木の仕事はまだ、手が抜けない。
上司に強く言い返し、わざわざ自分の首を絞め、高井からは、ココでの短期での成果を強制されてしまったのだから無理はない。
それには、高井の方は、もしかしたら、佐々木の先制攻撃に対し、ココを早く畳んで、佐々木と茉由を離したかったのかもしれないがー、
もしかしたら、そんな事までも、佐々木は分かっているのだろうかー、
わざわざ、佐々木と茉由との関係を、分からせたことだって、
きっと、何かがある。茉由は、佐々木の回転の速さに追いつけず、近寄れない距離を感じる。
こんなに鋭く、いろいろなことを、一瞬で、片付けようとした佐々木が、高井と同じくらいに、賢い大人に見えた。
「 いいえ ゴメンナサイ...
でも私 リーダーとは
何でもないよ 」
茉由はそう言うしかなかった。
「 あー そ ... 」
佐々木は作業の手を止めない。仕事の定例報告を聞いた時のように、ただ、返事を返し、茉由に顔を向けない。
ここに来て、茉由は佐々木の笑顔を、まだ見ていない。営業担当ならば、お愛想笑いぐらい、何の気なしに自然に出るものだが、佐々木は周りに対し、事務的で愛想がなく、ブッキラ棒だった。
まぁ、それが反対に、仕事においても軽く見られず、誠実に感じられるのだろうか、
この物件でも、営業にさほど苦戦せずに、集めたばかりの初期メンバーの営業担当は、日に日に少なくなり、佐々木は、何人分もの仕事を一人でこなしている。
そして、先が見えてくれば、ここで掛かる経費にも目が向くのか、チーフとしては、人件費の事も気になったのか、
同じように、接客担当の者も引き揚げ、いつの間にか、このマンションギャラリーには、チーフの佐々木と茉由と、週末に手伝いに入る受付の者だけになった。
残り少ないここでの仕事、平日は閑散としている日もある。それでも、未だに高井はここへは来なかった。
それは、部下である佐々木には、困ったことではないのだろうか?
今日は平日の木曜日、全く新規のお客様の来場は見込めない。モデルルームの照明も落とされたまま、そんなバックヤードの一角の、時間だけは有る静かな事務室。
相変わらず無表情、自分の仕事だけを淡々とこなし、他人に関心がないのか、愛想のない佐々木と茉由の、二人だけの空間。佐々木は茉由に仕事の指示すら出さない。
茉由の最近の仕事っプリは、接客担当の枠を超えるような、頑張りを見せないものになっていたので、営業担当の、しかも、チーフの仕事は、ほんの一部しか理解していない。
だから、今、佐々木がどのような仕事をしているのかが、全く分からなかった。それに、チーフとエリアマネージャーとの仕事の繋がり具合も分からない。
もし、高井が気分を害したままで、佐々木と茉由を放置したままだとしたら、それで佐々木が、どのくらい窮地に立たされているのかも、茉由には分からないままだった。
でもきっと、これはかなりヤバイ。
「 ねぇ...
私 どうすればいいの?」
茉由は唐突に、佐々木に尋ねた。それは、仕事の事なのか、佐々木のお気に入りとしてなのか、高井とのことなのか…、
「 あー 別に今
やらなければいけない
仕事ないけど あー
そうか 良いや
じゃぁ 話でもするか?」
この時茉由は、鬱陶しそうに顔を上げた佐々木が不愛想なうえ、今まで以上に、余計に鋭く、怖い顔になった、気がした。
「 あー お前さぁ 自分から
今まで何も言わなかったけど
最近やたらと リーダーに?
くっ付いてたじゃん
かなり目立ってるけど
あれ 何?
俺 最低だと思うけど ... 」
「 あー 別に
他人はイイとしたって
お前
翔太はどう思っているって
思う?
俺は許せないな!
リーダーとは
何でもないって言ったけど
同じ会社で
同じ営業でサァ こんなに
目立ってんだぜ おかしいだろ!
他の同期の連中だって
どう思っているか
お前分かってんの?」
一気にテンションを上げた、急な流れの、怒涛の勢いで捲し立ててきた佐々木。
今までどれだけ、堪えていたのかを、ここで全部、ぶちまけたいのか、容赦なく、かなり手厳しい。
茉由は自分から尋ねたにも関わらず、佐々木の怒りが大きすぎて、おののいた。
「 私
本当にリーダーとは何でもない
翔太の事だって忘れてない
翔太が悪くないって
それだって分かってる で も
辛かったもの
私 全部壊れたもの でも
私が壊したって事 だって
分かってる の 」
「 それに 駿にここに呼ばれて
ただ逢えるのを
楽しみにしてた私は
バカみたいだって気が付いた
そうだね
駿がとても怒ってるって分かった
本当に ごめんなさい 」
佐々木は、茉由がもう遠くに感じていた佐藤を、今も身近に感じていた。それは茉由にも伝わり、同期たちの顔が急に、茉由の中に浮かび上がってきた。
「 あー そうだな 俺
立ち上げメンバー候補に
お前の名前が有った時 正直、
まだ
お前がこの会社に居たんだって
腹立った
翔太のこと考えたら 普通は
会社辞めんじゃないかって
思ってさぁ そうだろ!」
「 あー
お前はダンナが医者だから
辞められるけれど
生活がかかっている翔太は
辞められないんだぜ
分かるだろ?
どんだけ
翔太が辛かったか
翔太は何も言わないけど
俺 お前のこと 今だって
絶対許せないって
思ってる!
それなのにリーダー かぁ?
ふざけんな ‼」
「 お前 このまま図々しく
この会社にしがみ付いてんなら
俺が
お前をクビにしてやるって
思ってる … 」
佐々木の怒りは続いている。
茉由は、夫のこと、家族のこと、茉由の躰のこと、
自分のことを全部、話した方が良いのか迷った。
今、全部言えれば、言い訳できれば、茉由は楽になるかもしれないが、
それすらも甘えだとしたら、どうしようかと。
同期だから、佐々木がこれほど気に病んでいるのか? でも、佐々木に云われたことは、何も言わぬまま離れていった、佐藤が云いたかったことなのかもしれない…
目の前にいる佐々木と、佐藤の顔がダブる。
佐々木に云われたことが本当に堪える。
「 私そんなふうに
見られているんだね 」
茉由は、猛省の気持ちを、ここで間違えのない様に佐々木に伝えられる自信はなかった。
佐々木がとても鋭く厳しく、わずかな甘えも、言い間違えも、決して許されない、ように感じた。
それでも、思いの外、ここで、高井とのことを共有し、ハッキリさせることができるのは、有り難いことなのかもしれないとも思った。
このままでは、高井との関係は、高井が思うがまま、茉由は流されていきそうだったのは、確かなことだったから。
茉由はこのマンションギャラリーに来て良かったと感じられた。
佐々木は今、厳しく茉由を攻め立てる。けれどこれは、きっと、自分を助けようとしてくれている、と、思えた。
佐々木の強い口調に咎められ乍らも、茉由は踏ん張り、佐々木と向き合う。
「 私どうすれば … 」
茉由は同じ言葉を言いかけている自分に気づく。佐々木は、茉由が一度、会社を離れることを同期の皆に告げた時、
―
「「そうかぁ~
茉由はお母さんだったんだなぁ~」
―
と、
皆の前で茉由に「母」とのことを自覚させた。あの時も一瞬で、茉由のあるべき形を分からせたのだろうか、
「 お前
あれから咲に会ったか?」
茉由には、佐々木が急に、話を変えたかのように思えた、けれど…
「 あー、咲さぁ、女女した奴、
毛嫌いしてるじゃん。
お前、何故だか知ってるか?
俺、咲から聴くまでは、
別に、あんまり、
気にしてはいなかったんだけど、
咲が、学生時代の時の事、
言い出して。だからさぁー、
まぁ、お前にうまく伝わるのかって、
感じだけど、今、
云っとくぞ、その方が善いから」
それは、一寸、鬱陶しく、茉由が距離を置きたがっていた同期の咲のこと、
いつ咲と会っていたのだろう? 同期だって知らないことはある。そんな事も気にしだして、茉由が少し落ち着いてくると、
佐々木からも、激しさが消えた。トーンを変え、静かに、感情を出さずに、淡々と代弁者の様に話す。
「 咲
高校の時はアイドルの髪真似て
意外にも カワイ子ちゃん
してたんだって
でさぁ それクラスの女子から
あまり
良くは思われてなかった
らしいんだけど 」
「 そんなことお構いなしに
自分の可愛さ
追求してたそうなんだ
それで別に
咲は男を意識して
そうしてた訳じゃないんだけど
周りの男が放っておかなくって
勝手に取巻きみたいなの作って
とくに
野球部と応援団のヤツラ
咲を
自分らのアイドルみたいにさ 」
全く、茉由の知る咲からは想像できない。突然聴かされた咲の昔話に、
茉由はただ、キョトンとなるだけだが、それに構わず、佐々木は何もかも、ここでチャントさせる為に、咲の気持ちを伝えようと話し続けた。
「 あー 所詮
まだ子供の喧嘩程度なの
かもしれない
でも咲にとっては
アイツの生き方を
変えることになった
大事件だったんだと思う …」
佐々木から告げられた咲の話は、今の茉由にとっては、衝撃が、大きすぎた。
「 … 咲は当時
とても大人しく 女の子女の子
した 格好が好きで 髪型は
アイドル真似て 前髪でオデコ
を隠し
サイドも 頬の半分ほどを覆い
正面からみると
目と鼻と口のパーツが分かる
程度の
小顔に見える 髪型をしてた…」
「そんな娘はまぁ
男臭い野球部や
柔道部 応援団の男子から
好かれる
のかもしれない 」
「 咲が高校2年生になると
周りは
それら輩の取り巻きが増えて
クラスの席では
咲と並ぶ隣には女子が座るが
その前後左右の席は
男臭いヤツラ
が 囲む
咲は学校生活中もそうした
ヤツラに
常に囲まれて いつの間にか
咲は ヤツラの
アイドルになっていた 」
「 だから 咲が教室を出て
階段を下りようとすると
勢いよく男子たちが先に下り
下の階で待ち伏せし
這いつくばる
ようにシャガンで
咲の動く足元を目で追い
ヒラヒラと裾が捲れる
スカートの中を覗こうとする … 」
「 授業中は
咲が小声で 隣の女子と
何か喋り出すと
ヤツラは教師の話
よりも咲の無駄話に集中し
咲が
知らぬ間に
その話はヤツラに広がって
それは学校の外でも続き ー 」
「 ある日
咲が女子達と海に遊びに行き
砂浜にシートを敷いて
せっかく 海に来たんだから
ま ぁ 顔だけはタオルで隠し
日焼けをするために寝ころんで
いたが急に閉じた目でも分かる
くらい暗くなったから 」
「 ふと
眩しかった太陽が陰ったのかと
眼を開けてみると
咲の前
敷かれたシートの端 ギリ
のところには
応援団のヤツラがガードマンの
ように 立ち塞がっていた
その中には
咲の方を向いたまま
突っ立ったヤツもいて
前のめりに 舐めるように
水着姿の咲を見てたらしい 」
「『どうしてこんなに広い砂浜に
どうしてこの時間に
この人たちはここにいるの?』
て 咲には不思議だったけど
もう
そんなんでは済まないとこまで
咲は追い込まれてく…」
「 それに …
咲は公立高校に通ってたから
バイトは自由で だから
ちょっと
小遣い稼ぎに渋谷のショップで
バイトを始めた
だがそのスタートの2日後 …」
「 またも
応援団のヤツラが そこに
バイトに入ってきた
『どうして?』
それでも咲は大人しいままで
ヤツラには何も聞けなかったが
だんだん怖くなってきて
そこのバイトもすぐに辞めて 」
「 で
咲はただの帰宅部になったが
ヤツラは
ドンドンエスカレートしてくる 」
「 咲の下校の時には
野球部の連中は 練習中なのに
勝手に当番のような者を決め
数名は練習を抜け出し 断りも
なく咲きの後ろに続き
野球部のユニフォーム姿のまま
護衛の兵の ような列を組んで
決して咲には誰も話しかけずに
駅迄黙って送る様になるし …」
「 駅のホームでは、またも、ガード
マンのように応援団のヤツラが
つかず離れず
咲が電車に乗るまでを見届け
咲はひとり 乗り込んだ電車の
中で 周囲から の
冷たい視線に居た堪れなくなり
『 何でこうなって … 』
と困惑した … 」
「 そうなれば
クラス中の女子達は
その異様さにウンザリし
男子たちも
勢いのある応援団と野球部の
ヤツラを煙たがり 咲の近く
には 話せるヤツは
誰もいなくなった 」
「 そうした中
事件は起きたんだ … 」
佐々木は、仕事中だから、早く、事を終わらせたいのか、茉由が、昔の咲と、今の咲を、結びつけられないまま戸惑い、混乱した様を見ても、時間を与えず、無表情のまま話し続ける。
「… 咲は
アイドルの真似した髪型に
こだわりが強く ある時
いつもと 違う店に行って
髪を切ると その
癖毛に気づかなかったのか
前髪は 短くされ
眉毛が見えてしまう様になって」
「それが気になって
学校の中でも
ずっと手で押さえていたが
あまりにも必死に
前髪を押さえるから
休み時間に
それを可笑しく思った
クラスの男子に揶揄われて … 」
「そうなると
みるみる咲は真っ赤になって
恥ずかしさのあまり
涙目になったが
それでもその男子は揶揄続けた
だから
それを見つけた取り巻きの
応援団の一人が
そいつに跳びかかる
そして それで
スイッチが入ってしまう…」
「 この二人は咲の前で
殴り合いに発展してしまった …」
「 応援団のヤツは
顔にパンチを入れてしまうし
それを受けた揶揄ってた方は
唇が切れ前歯も折れて…」
「 頬の内側は歯に当たったか
パックリ と 切れ
口の中に血が溜まったのか
それを飲み込めずに
口の中に溜まった
血を吐きだし
教室の床にも飛散って 」
「 で その時の怪我は
唇を縫うほどの外傷と
前歯を1本無くし
もう1本は欠けたまま
だから
殴った応援団の男子は
停学2日の処分 … 」
「 うそ ...
咲の前で殴り合い? 」
「 応援団の子が停学?」
「 そ …
咲は学校に往き難くなった
針の筵?の毎日だったって ... 」
「 そうだね辛いね咲は … 」
「 あー でもお前? 咲に
全くの落ち度は
なかったと思うか?
俺は咲がもう少し
その時の自分 の立場を
わきまえていて クラスに
馴染めていたら
そんな事には
ならなかったんじゃないか
って
思った 」
「 まだ
子供だから仕方ないけど
咲はどこかで
他人とは違うと
優越感を持ってたのかも
しれない
自分が可愛いから
何てさ 自信 過剰に
それで結果
他人を2人傷つけた 」
「 あー
だってヤツラはなぜ?
そうなったんだ?
咲のセイだろやっぱり 」
「 そう?
でも咲は自分がカワイク
していたかった
だけでしょ?」
「 そ・う・だ・な!
でも限度も必要だろ ‼ 」
「 自分の周りが
それで変になってきたら
少しは抑えることも
必要だったんだ!」
「 そ ... ぅ
デㇲ か ... 」
「 あー 咲はそれで気づいた
それ以来
外で自分を出し過ぎない
ようにしているらしい
それでこの話 俺が
咲から
いつ 聞いたと思う?」
「 えっ?」
「 翔太が飛ばされた時だぞ‼」
「 咲は辛いって
お前が気づかないことが!」
茉由は愕然とし、頭が重く、俯いたまま顔を上げられない。
それに、今の茉由では、きっと、咲の怒りも受け止めなければいけない自分だとも気づく、
もう、周りの空気は薄く、身体もズンと重く感じられた。
茉由は、佐藤との「事」の後で、病気が見つかった。
その時、それを、自分に向けられた、「罰」として受け止めた。
そして、病に負けず、徹底的に病に対抗するために、自ら躰を傷つけることも有った。それも、「罰を償うこと」だと、勝手に解釈したことだった。
その病は、今のところ再び出てきてはいないが、家族に対しても、病に負けない、強い自分を見せたくて、そのために、早々と仕事に復帰したつもりだった。
でも...
周りにはそうした茉由の内側は、理解されていない。
しかしそれは、仕方のないことだった。茉由は、家族にも、同期にも、誰にも、自分のことを、相談したことは、なかったから。
「 咲は
私に云いたいことが
あったんだね 」
「 そうだな
お前を本当に心配してるから
俺に 話したんだと思う 」
あの時の、たった2か月の、浮かれた茉由の愚かな行為の代償は、どれほど大きかったのだろう。
佐藤だけではなく、ほかの同期のことも苦しめていたなんて、気づかなかった。
茉由は呼吸がしにくい、胸がチクチクと痛み、とても、息苦しい。
あれから、時が過ぎたことにも、助けられたのか、
茉由はどこかで、病に打ち勝った自分は、いつの間にか、佐藤との事も、許されたことだと、勘違いしていたのかもしれない。
今の今まで、佐々木が、こんなに憤っているのにも、気づいてはいなかったし、咲のことも、佐々木から聴くまでは、ずっと、考えたこともなかった。
咲は、茉由が近くに居なくても、こんなに、茉由のことを、想っていてくれたのに...
それに、さっきは、調子よく口先だけで合わせたものの、このところは、正直、茉由は佐藤のことも、考えることが無くなっていた...
自分のせいで、あんなに、社会人として大きなペナルティーを、科せられたのに、いつしか、すっかり茉由の中から佐藤は消えていた...
佐々木は、暫く、茉由に考えさせたあと、
茉由の沈んだ表情に、優しさを見せる。
空気をかえる...
表情を、穏やかに、
優しい、兄の様な笑顔をみせ、
サラッとした、明るい口調に変えた。
「 あー 咲に会ってみるか?」
「 うん!
咲が会ってくれるんなら
会いたいよ 私 ... 」
「 同期で集まるか?」
「 翔太 ... も?」
「 あー そうだな 俺は
その方が善いと思う
アイツはまだこの会社に
いるんだし
お前が辛いのは
分かるが
アイツだってきっとまだ
解決していないんだ 」
「 そう?
駿がそう言うのなら
翔太にも会って
チャントさせたい
私梨沙にも会いたいなぁ ー 」
「 だな ‼」
ようやく、佐々木が少し優しく見えた ...
―
「 お疲れ様です 咲?
悪いんだけ ど
町田の大規模修繕
立会いの日程調整未だ?」
「 うん
そうだった ね …
あそこの初日 は
6月1日の土曜日だっけ?
えー? そう?
じゃぁ …
そこから始まって
先ず2週間で で?1回!
視に行って
手直しが入って
私は10日くらい
離れられるからたぶん平気
で … うん!
はい!ちゃんとおさえたよ
コレで良い?」
「 大丈夫! ありがとう ... 」
梨沙は修繕部に所属していて、マンションの大規模修繕の時には、建設部の咲と、顔を合わせることがある。
咲は、だれにも頼らず、ひとりでも生きていける様に、大学では建築を学び、技術職に就いていた。
不動産会社は、自社物件に責任を持つ。ただ、造って売るだけではなく、建物が経年劣化で支障が出ないように、計画的に管理もする。
大規模修繕は、確認申請が必要なほど、重要な工事だ。咲は工事中、何度も現場に足を運び検査をし、現場担当者に意見する。
咲は、修繕の仕事を助ける時、ご入居者様の生活を守るため、現場の力仕事で鍛えられた大男だろうが、自分よりも年上の者だろうが、会社の上司であろうが、
「デキテイナイモノは、
デキテイナイ」と、
現場の事情も加味せずに、厳しくチェックする。
きっと、自分は煩がられ、嫌われているとも分かっているが、それが仕事だと、サバサバとわりきって、そんな人間関係をサラリと躱す。
その強さは揺らがない。自分の仕事には絶対の自信がある。
この会社で、男男した強者たちから、何年も揉まれて、その自信を手に入れた。「真っすぐなものは真っすぐに、平らなものは平らに仕上げる」。
どんなに大きなマンションでも、咲の仕事は、図面上のコンマ1ミリの線、
建物の、髪の毛1本ほどのクラックも、見落とさない。
「 ねぇ
駿が同期で集まりたいって
言っているの梨沙知ってる?」
「 そうなの?
茉由と翔太も一緒に?」
「 うん
駿が茉由と仕事
一緒になったじゃん
だからかな?
そんな話になっている
私… 前にさぁ
駿に余計なこと云ったから
それかなぁー?
駿真面目だから
茉由のこと
かなり怒ってたし
でも まぁ …
随分前の事だし ー 」
「 それって?
翔太と茉由のあの時の事?」
「 んー
そうなんだけど 私は
茉由を責めるんじゃなくて
気づいてほしい事あって
つい駿に 自分の昔話
うん 余計なの言っちゃって
駿に点火しちゃったのかも ー 」
「 テ・ン・カ? ナニソレ
咲頭良すぎて時々
分かりづらい時あるよ!」
「 ゴメン
でも集まるのって ど?」
「 うーん善いんじゃない?
だって駿は言い出したら
止まらないじゃん
でも 翔太は平気なの?」
「 そうだよねー でも駿が
何とかするでしょ
言い出したんだし ー 」
「 そうね
私は良いよ って
駿に伝えて!」
「 分かった
また連絡するね …」
… 茉由 大丈夫かなぁー …
咲の仕事場は、茉由とは離れたところにあって、同じ会社に勤めていても、先日、梨沙と茉由がバッタリ会った時のようなことは、多分起こらない。
でも、茉由の事はここでも噂になっていたことも有り、同期から聴かなくても知っていた。
咲は自分も苦しんだ時期が有るからこそ、茉由から直接、言い訳を聞かなくても、茉由に、きっと寄り添える。
咲は学生時代に自分を見失った。その時、トコトン、どん底に落ちてしまったが、高校時代の中ほどで、それに向き合ったのが良かったのか、
軌道修正でき、それを乗り越えた...
咲たちが働くこの会社は、手広く大きな仕事をする、関東では、名が知られた会社だが保守的だった。
どこか、男優位のところがある。
咲が配属になった建設部もそうだった。
建設といえば、昔は男だけのところで、工業専門の学校を出た者の中には、相当、ヤンチャをしていた者もいる。
建設部に居る女性たちは、全員、事務職で、ユニフォームは紺のスーツを着ていた。咲も入社時に、彼女たちと同じ、事務のユニフォームが渡された。
初出勤の日、ユニフォームに着替える更衣室で、咲は、事務の女性たちに囲まれる。
―
「 お茶当番の事だけど
頼んでもイイ?」
咲にはその意味が分からず、新人なのだからと引受ける。
毎朝、部の中では一番早く出社して、自分の周りの先輩たちにお茶を出す。
すると、何日か過ぎたある朝「お前は、仕事間違えたな」と、花柄のエプロンを主任から渡された。
「それ、航空会社のだぜ」と、横に座る同僚から、ご丁寧に教えてもらった。
咲の部署では、週に一度の設計会議がある。課長から出席するようにと、咲にも指示が出る。
咲は、筆記用具をもって、会議室に入ったが、席に着こうとすると、
「何をしている、早く、お茶!」と、主任から怒鳴られた。
周りに、失笑が漏れる。咲は「次の新人が入ってくるまでは」と、
黙って「お茶当番」を続けた。
2年目になって、新人が入ってきた。その中には女性が一人いた。
でも、彼女は中途採用の女性だった。咲は、まだ、先輩になれなかった。
「このままで良いのかな...」一人前と認められないままの咲は、考えだす。
自分が認められるのは「ちゃんと仕事ができてから」と、考えた。でも、このままでは、認めてもらうための「仕事」が、咲にはもらえそうにはなかった。
「どうすればーー」咲は悩む。
今日もボーッとしていると、壁際のキャビネットに並べられている、建築の専門雑誌が目に入った。
相変わらず、周りから認められないまま、仕事がもらえない咲は、何もすることが無いのでその雑誌を見始める。
そこには、オープンの設計課題が出された、この雑誌の中の、コンペの案内があった。咲は何の気なしに、勉強のつもりで、課題に取り組む。
就業中、咲がそんなことをしていても、誰も、咲のことを見ていないので、気づかれなかった。咲は、それから3か月、そんなことをしていた...。
「 咲さん凄いですね
雑誌に載ってますよ
あれ?咲さんですよね?」
社会人3年目になろうとしていた、ある寒い日、「温かい飲み物でも」と、立ち寄った給湯室の前で、一年後に入ってきた、事務の女の子に声を掛けられた。
「 えっ? 雑誌? 何でよ
私 ゼンゼン
服とか興味ないし
載ってないよ
そんなの ... 」
「 えっ?
でもー 咲さんの名前?
出てますよ
咲さん住んでるの
中山ですよね?それも
同じだし建築士なんて
そんなに同じ人います?」
…がタン!
『 うそーー‼』
咲は慌てて席に戻り、マグカップを乱暴に置くと、
キャビネットから、今月号の、あの専門雑誌を"バサッ!”と、掴むと、勢いよくページをめくり続ける。
「あった!」そこには、半年前のコンペの入賞者の名が並び、「新人賞」のところに確かに、咲の名が、あった。
「 たかがぁ~
新人~賞~ だ・ろ~ 」
咲の向かいの自分の席に着いたまま、主任は、吐き捨てるように云った。咲は我に還り、主任に何も言い返さず、無言のまま静かに席に着いた。
周りは皆静かに仕事を続けている...
それから、また、半年が過ぎた。
いつの間にか、
咲はグレーの作業着上下を身に着けていた...
今日は、新築マンションの、竣工検査立会いの一日目。完成したばかりの建物は、まだ少し砂ぼこりが舞う現場だった。
ヘルメットのあご紐を留めるのにも、まだ咲は慣れてはいない。
『 おい!
何で素手なんだ 軍手は?
お前水平器は?
持っているんだろうなー、
まさか手ぶらじゃないよなぁ!』
主任は皆の前で、咲を罵倒する。
「 はい!手ぶらじゃないです
マーカーとテープも
持っています
今日のテープは紫ですよね?」
検査は何日も続く為、その日毎に、チェック箇所に貼るテープの色が変わる。
『 あぁーソウだ!』
主任は咲に背を向け、まだ、長尺シートの貼られていない廊下をサッサと進み、
「 暗くなったら照明ないぞ
早くしろ!」
今日一日だけでも、夕方までに20件の検査に入る。
少しもモタモタできないが、エアコンが動いていない各部屋の中は、見事に蒸し風呂状態。
それでも、少しも、汚したくないのか、猛暑の中なのに、窓は閉めっきりだ。
午前中だけで終わったのは8件、昼休憩には、咲は暑さでバテテ、水分しかとれなかったが、2リットルのスポーツドリンクを、一気に飲んだ。
ヘルメットの中は、髪が汗でグッショリしていて、顎からは、ボタボタと大粒の汗が落ち続けている。
作業着は、安全のための長袖長ズボン。上着は第一ボタンを外すのも許されない。
「 明日からは
お前ひとりでチェックだ!」
主任は口の中に食べ物が入ったたままで、さらに、弁当箱で顔を隠しているので、籠ったような、モゴモゴとした感じで、咲には聞き取りにくいが、
たぶん、きっと? 指示を出した。「ひとりで?」と、聞こえた。
「 はい20件!
一日で終わらせます 」
咲は勢い良く返事を返した。
「 違う!22件だ‼」
主任の顔は弁当箱で隠れたままだが、緩んだ口元だけ、はみ出していた。
「 はい 頑張ります!」
咲は食欲が出てきた。「あと10分で食べてやる!」と、汗でベタベタになった手で、急いでおにぎりを掴んだ。
ちゃんとしたものを造るには、チェックする目はたくさんあった方が良い。
その為には効率よく回り、それを何度も何度も、妥協せずに繰り返す。
これは、施主である不動産会社の担当者が、引き渡される前に実施する検査で、必ず時間を掛けて実施される。
ただ、これだけではない。建物ができるまでの工事中から、造り手の施工会社の者は、何度も検査を繰り返しながら建物を完成させていく。こうした、多くの者が関わって、マンションは出来上がる。
半年後、冬になったら、御購入者様の内覧会の立会いで、再び、この現場に咲は来る。
咲は強さを手に入れただけではなく。仕事に選んだ「建物を造る」ことにピュアな気持ちを持ち続け、その完成を見ると、感動することが多く、とても好きだった。
咲が考えた、紙の上のいくつもの線が、立体になっていく。
その線が、モノになって目の前に現れる。
これに、快感を覚える。
同じ会社で働いていても、仕事で向かう対象はそれぞれだ。
人と人で向かい合う、佐々木や佐藤、茉由たち。
梨沙は、人と建物の間を行き来する仕事をしている。
社会人になってから、それぞれが、その環境で、自分を変えていった。
―
「 おいおい ナンだよ
この店スタンドかよ
勘弁しろよ~駿!お前
立ち食いって?
予約要るのかよ
日程調整までしたけどサ ー 」
「 あー?
うるせ~な~予約する店だよ
ここ!
人気グルメサイトで評判だぜ!」
「 うん!
私知ってるよ!この店
仕事仲間とも来てるから
ステーキ150g食べたもん
でも
30分?いなかったな~
ここ!
お客さんの回転も速いしね 」
「 スタンドはないよネ~
へ~
梨沙は150g?
それって凄いノ? 私
200g食べられるケド
茉由は?」
「 嘘!咲その身体で?
細いのにね?
私は肉は あまり …
シーフードが良いなぁ
あ?
サラダなら?
シーフードもイケる?
これ? 良い?
でも座りたいかなぁ
ヒールできちゃった … 」
皆の第一声は挨拶抜きだった。何年も、揃って逢ってはいなくても、同期なんて、こんなものか…
この店は、同期で集まることを言い出した佐々木が予約した店だが、誰にも店のチョイスに口を挿ませなかった。
佐々木なりに考えた「もし、険悪なムードになったら、すぐに店を変えて、仕切り直せるように、立ち食いにしよう」と。
でも、皆は大人になっていた、挨拶もなしに、いきなり文句ばかり言いながら、きっと、周りに気を配っている感じだった。
「 オシ!
俺先に言っとくけどお前ら?
気を遣うなよ?
気持ち悪いからな!
ナンか俺から言うのもさー
だけど急に駿から皆で集まる
なんて聞かされたからさー
やっぱ気になるのは?俺と
茉由の事かって 思うけど
正直何年前だぁ~? だろ
俺ゼンゼン平気だからさー
止めてくれよ頼むから 」
佐藤は軽い口調で皆に断りを告げた。これは本心だろうか?
出世コースから外れたことも、本当に悔やんではいないのか、
「 あー
それ?お前まだ皆
酒だって決めてないぜ
勝手に仕切るなよ 」
「 だからダロ!
酒マズくなるからさー 」
「 あー 違うだろ!
皆の顔見ながら
酒飲みながら
じゃないのかよ!」
「 チョ !!
男だけでウルサイよ!
私最近 ギムレット
だけど
この店あったっけ?
駿、頼んでよ!」
「 あー おぅ分かった!
梨沙はギムレットな!」
「 私は甘いのが善いから
シンガポール・スリングね
茉由は?」
「 私? … うん
カシスオレンジ!
アッ !! 違う
モスコミュール に?
する ... 」
「 あー 大丈夫か茉由
酒だぞそれ 翔太は?
俺は~
ジン・バックにするけど?」
「 俺もそれにする 」
「 だな じゃぁ 注文する … 」
佐々木は佐藤を一旦黙らせた。酒でも入ってからにしようと思っていた話、いきなり本題に入られては、ワザワザ、店に集まった意味がない。
ここは賑やかな流行りの店、明るいポップな店の雰囲気と、何年かぶりの時間に助けられたい。
皆、それぞれ喋り出せば、中には滑稽なことも有って、重い空気だけ流れない、と、佐々木は考えていた。
とりあえず、飲み物は頼んだが、佐藤の挨拶代わりの先制パンチに、この後に乾杯は変だった。皆は静かにカクテルを口にする。
「 でもさぁ~ 梨沙?
ギムレット?すごくない?
それオトナじゃん 随分!」
咲は矛先を、話し上手の梨沙に振ってみる。佐々木に仕切らせると、ドンドン、エキサイトしてきては、ちょっと困る。
せっかく、皆揃って顔を合わせることができたのだから、少し、穏やかに、それぞれのトランスフォームした姿を、眺めたいと思った。
『 梨沙助けて‼』っと?咲は心で叫んだ。
「 ギムレット? 強いの?
これ?
知らなかったぁ~
ちょっと待ってね ウン!
良かった~ あのね …
これライムが入ってるけど
これが
フレッシュな 生 だったら
ゼンゼン甘くなくて~ さ
大人な感じでしょ? でも
ウン …
ここの店のは甘い!
大丈夫だよ咲?飲んでみ?」
「 じゃぁ ...
私もそれ頼んでみる!
ホントだ
私 ジン・ライムばっか
だけどやっぱり違うね
甘いね!
次から ここではアリにする
茉由は? これどう?」
「 ん? 私、は …
カシスオレンジばっか …
アッ、あれ ... え、違う‼
ねぇ
モスコ・ミュールも甘いよ
ど ? 梨沙 ?」
茉由の不器用さは、ここでも出る。
「 え ~? いいよそれ!
めちゃ甘いでしょ? 一緒に
喰えないじゃん!
それだけになっちゃう …
やっぱさ!
私 喰いたいから、ヤダ !
飯に合うのにしたい!
ゴメン無理 」
「 ナンだぁー お前?
飯? 食いに来てんの?
止めろよ 考えてない
ここ…
肉以外ダメじゃん?
俺そこまで考えてない 」
「 え~? 肉でヨいじゃん
150g!
って! 私の! 」
「 あー?お前 …
イツからそんなにオヤジ?
肉肉って煩いよ
茉由を見ろよ
サラダだぜ?
サラダって飯かって
気もするけど 」
「 ナニ? 駿 ホント!
他人にはウルサイよね
自分で?ボケツッコミ?
あのね~!
オヤジは!
肉の塊食わないよ!
刺身だよ 刺身!
中年のオヤジはもう
肉は消化できないの、さ!」
「 嘘ぉ~ 梨沙 流石~
ウケる 刺身?
オヤジは? デモ!
私は刺身の方が善いなぁ 」
「 そうよ
咲だって知ってるでしょ?
私なんて
オ・ヤ・ジに、囲まれて
仕事してんだからさぁ~
毎日毎日さぁ~
『 オイ! ネェ~チャン ‼ 』
って カンジでだから!
私はオヤジじゃなくて
ネェ~チャンだよ!たく!
駿!分ったぁ~?」
「 そうかよ!
あー ネェ~チャン!」
「 止めろ!本気で言うな!」
「 あー?
お前が言ったんだろ!」
梨沙のオカゲで皆、助かった。
佐々木との痴話喧嘩は、梨沙のストレス発散にもなる。
梨沙は相変わらずチャッカリしている。
佐藤は口を挿まず、ニヤニヤしながら、
一杯目のカクテルを呑みほした。
「 うまいな この酒 ...」
今夜は久しぶりに、気持ち良く酔えると思った。
佐々木の心配は、要らなかったようだ。
それでも ... 周囲も気にしたのか、
咲はなんとか、おさめようとする。
「 ハイハイ悪かったわね~
梨沙に話振った私が!
悪かったわ~ 翔太?
ほんとに!
ジンで善かったの?
ソレきっと強いよね 」
「 アァ~ 大丈夫!
でもなー
駿と乾杯したかったから
なー 男同士!」
「 そうか? あーこいつら?
要らなかったな?
うるさくてしょうがない!
どこのオバサン会だぁ?
俺の酒マズぅ くそ!」
「 え~?
駿が集めたのにぃ~?
そ れ~?
アッ 違う ゴメン ね
私 …
やっぱり ゴメン 皆 …
ゴメンね … 」
茉由だけが、どうしてもこの雰囲気に、
なじめない ...
「 茉由?大丈夫か? 悪い!
ヤッパ!俺
チョッ と言っとく!
あのさー
皆俺に同情してる
って 思うんだけど
それ止めてくれる?
あのさー
俺あの時だって
茉由のセイで飛ばされたって
思ってないし
俺が ヤッタ ことだから
茉由じゃないぞ!」
「 お前らたぶん茉由にだけ?
ナンかしたのかもだけど
俺さー その前からバロンと
仲悪くって
前からさー 結構?
仕事のジャマされてたんだ… 」
「 モデルで俺が接客中なのに?
バロンに呼び出されて
話しの途中で?
流れ 変えられたりさー
ブースで接客中も
バロンから電話に出ろって
言われたりさ
アイツ前から俺の事
気に喰わなかったんだ
きっとな… 」
「 だからさ
チョい スキ 見せたのが?
悪かったんだ
アイツの
オモウツボっ?てか…
それって
云わば茉由だって被害者だろ
あの時云うか迷ったけど
言い訳?がましくなるし
って お前ら
分かったか?茉由責めんな!」
「 あー バロンが? 俺
ヤツがヤバイの知ってるけど
そこまで?
最低なクソ野郎!」
「 そうさ!
アイツ意外に 陰険 だぜ 」
「 あのエリアマネージャーが
翔太を ハメタの?
私 …
どんなヒトか判らなかったけど
優秀な部下のこと
そんな する の?
エリアマネージャーって ... 」
茉由は佐藤から聴かされた話が信じられない。
本当に茉由は視野が狭い。
梨沙と咲は黙って聞いている。大人の話は、分かる方だ。
「 あー
咲と梨沙 分かるか?
営業には 外ヅラだけは良い
エリアマネージャーもいんだ
俺も知ってたー
バロンの裏の顔?
確かに
ヤツなら翔太のこと
落とそうとしたのかも ... 」
「 俺らからみてバロンは4つ上
だろ?
チョッ 焦ったんじゃね?
翔太
勢い あった し
抜かれんじゃ?
って ー 」
「 そうなの? 私と咲は
ソイツのこと知らないけど
こっちには …
そんな伝わり方してないしね 」
「 そうね …
梨沙と この事 話した
事 ないけどね?
タダ …
私は同僚から
翔太が 上司に逆らったから
飛ばされた って
聴いてた し …
オンナガラミでね?
あれ? ゴメン違うよ!
茉由!気にしない でね!」
「 うん ... 」
梨沙は、咲の失言をカバーするために、スルっと、茉由の後ろに廻る。
茉由が、確り立っていられるように、茉由の背中にピタッと張り付き、両腕を肩に掛け抱き着いた。
茉由には、梨沙の温かさが伝わってきた。
咲は、ホッ!と、した。佐藤はそれを目で追い、茉由の表情を確かめた。
「 そうだナァー 俺
バロンと同じ
フィールドに居たくなくて
これで離れられれば
そっちの方が良いかも って
ちょっと
面倒くさく なってて ...
でもさ 俺
墜ちたと思ってないんだぜ
たぶん … 来期さ
エリアマネージャーになるんだ
俺 内示 有ったし 」
『 ホント~?
翔太?ねぇホントぉ?』
茉由は今日、初めて大声を出した。佐々木に云われてこの場に居るが、この場はかなり辛かった。聴こえるはずもない呼吸をするのにも、皆をジャマしないように気を遣っていた。それほど、疎外感もあった。だから、佐藤の云ったことが本当かどうか、一番、気になったのは茉由だろう。
「 ホントかよ!スゲーじゃん‼
エリアマネージャーになんて
お前だけじゃん...
あー それこそ?
バロンと並んだじゃん ヤツ
まだ?
エリアマネージャーのままだろ
リーダーになってないじゃん … 」
「 そうだな! ザ・マ!って
カンジだろ?
俺、マネージャー会議で
アイツと逢うの 楽しみに
し・て・る ー‼」
「 怖い ~!
強いね ~ 翔太カッケ~!」
「 ヤダぁ? 梨沙?
またオヤジになってるよ~
でも 凄いね!
翔太リベンジできたじゃない
安心 したぁ ...
大変だったけど頑張ったね!
会社辞めないで 善かったね
うん そうだよ!
茉由も 善かった
会社 辞めないでて ね!」
「 そうなの かし ら …
私 ちゃんと 謝りたい
翔太 ゴメンナサイ 」
「 だ・か・ら・さー ヤめろよ
お前あの時
一緒に芝居してたダケだろ?
まさか お前? 俺?の?
本気で好きだったのかよ?
ヤめろよ 気持ちわる !」
「 ウソ! 違うわよ!」
「 ナラ オ・ワ・リ!」
「 うん … 」
「 あー おいおい?
2人だけで?
出してんじゃねーぞー
あー そうか? 翔太
エリアマネージャー か?」
「 おぅ!俺 GMに
可愛がられてるからなー
大学の後輩だし
水球部の 後輩だし 」
「 そうか?
知らなかったぁー⁉
ズリイなぁ~天下無敵じゃん
佐藤エリアマネージャー様
様?」
佐々木は男の同期として、このショックは大きい。
一気に2杯呑み、段々、違う意味での、やけ酒になってきた。
「 よせよ
GMはちゃんとした上司なの
知っているだろ!
それに駿は実力派だろ?
俺は院卒だからお前より
ちょい年上だし… まぁ
順番かなって思っているけど 」
「 院卒? 翔太?
なら!とっくにもう
オヤジだね!
梨沙と一緒だね!」
「 咲?
って それが多い! じゃん
私は 刺身より肉
だから、ね!」
「 おいおい!
俺も 肉派 だぞ!
肉 食いたい!」
「 私 …
なんだか 分からなく
なってきた ...
でも良かったです
翔太?
おめでとう 御座います
私 … また
翔太と一緒に仕事したいです 」
「 やだよ
俺 若いお気に入り
つくるから!」
「 ソウなの?」
「 やっぱ オヤジじゃん?
茉由? やめな!」
「 あー
俺はぁ 茉由が良いぞ!」
「 駿、ウソつき!」
「 お前?
上司には敬語で!だ~!
ビ!にするぞ~!」
「 ハイハイ … 」
茉由はようやく …
手にしてたカクテルをちゃんと味わえた …
でも、やっぱり、甘すぎる …
それでも、胸がイッパイになったから、
今日はこれで良いや … と、思えた。
「 … ね!
私ダーツバーに
行きたい!」
そろそろ、店を変えたくなったのか、咲が急に切り出した。
「 ダーツバー?なんで?俺?
ん … も …
酔っぱらっているか?も?
駿が強いカクテル勧めるから
これ 3杯目だし … 」
「 大丈夫でしょ!
男のくせにー
私だって3杯飲んだし
肉だって喰ったしー
ま ボーリング? は
ビックリしたけど さ!」
梨沙は、
ゼンゼン酔っていなかったのか...
まだまだ、イケそうだった。
「 ボーリングじゃないってバ !!
ダーツ!! 」
「 だな~!」
「 私も行けるけど
9時までかな?」
「 そうだな
茉由はガキが待ってるからな
俺が送ってくぞ
俺は酔っていないからな!」
「 ありがとー
でも駿 かなり顔赤いよ!」
「 あー悪い!
ホントは茉由に酔ってる!」
「 クサいクサい
オヤジクサい~!」
「 梨沙! 口が悪いよ
茉由?
ゴメン、無理しないでね?
お子さんたち待ってるでしょ?」
「 大丈夫9時には帰るから?
その時間は?
子供たちまだ起きてる
から … ね …
ありが と ー 」
茉由は未だ、皆に、本当の事を言えない。
子供の起きている時間には、
茉由は、まだ、帰れない。
茉由の病気の事も、まだ、皆に言えない。
夫の、本当の事 が、
茉由にも、まだ、分からないから。
いつもは理性的で、堅実な、ブッキラ棒の佐々木だが、
酔うとかなり、くだけて下品になる。
佐藤は、皆の気遣いが嬉しくて、
あれから、他人に付け入るスキを与えないように、
用心深くひかえていた酒だったが、
ようやくふっ切れたのか、一杯、一杯が、かなりしみた。
梨沙は同期に男が少ないので、今回は佐藤のために、
余計な気遣いを、佐藤に、させたくはなくて、
男寄りに、お道化て見せている。
本当は酒にだって強いのだが、
この場に合わせ、酔っぱらったフリをして騒いでいた。
咲は皆の顔を見られて嬉しかったから、
もっと楽しみたくて、酒に酔ってなんかいられない。
友達がいなかった咲は、
今日のこれだって、
何日も前から楽しみにしていた同期会。
茉由の以前の送別会とは違い、バカ騒ぎができる。
真面目人間な咲にとっては初体験。
だから、佐藤や茉由を心配していた気持ちは確かにあるが、もっともっと、自分だって楽しみたい。それぞれが、それぞれだが、皆、とても浮かれている。
「 ありがとー」
茉由は、胸の辺りの手術の痕が、あたたかく、なった気がした。
佐々木は、
高井に言い放ったことを忘れている。
高井は、そんなに優しくはない...
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