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少し前から耳に海が棲むようになった。
正しくは海にいたもの、だ。あの日貝を耳に当てたのがいけなかった。貝に耳を寄せると波の音がするんだよ、と聞いて愚かにも素直に応じたのが原因だ。
海は耳から体の中に流れ込み、今も私の中に波音を響かせる。
いずれこの星は無くなるでしょう、とずいぶん前から聞かされていた。この星に隕石群が衝突することは広く周知されており、学校でも習うことだった。
他の惑星への移住の計画もあり、すでに数年前から船団を作っての移動は開始されていた。引っ越しへの心構えはとうの昔に整えられていたのだ。
それでも期日が迫る頃になると、「そうか、海が無くなるのか」と思った。
隕石はぶつかり、海も街も野原もすべて無くなるという。
海の遠い地域に暮らしていたにも関わらず、何故かしら海への憧憬は心の深くにあった。それで海へ行こうという気になった。
時間をかけて移動し海岸へ出ると、私と同じように人々は海への別れを告げにそれぞれやって来ていた。
遠くを望む者、波に足を浸す者、ただ浮くばかりの者たちがいた。海は青く、澄んでいた。
「貝をね」
足につく砂を気にしながら光る海面を眺めていると、不意に横から声がした。
「え?」
「あ、すみません、突然。思い出したことがあって」
「貝を」
「そう。こうして耳に当てるんです。そうすると、波の音がするって」
その人は拾い上げた貝を耳に当てる仕草をした。「誰に聞いたのだったかなぁ」と記憶を探るように。
私も聞いたことがあるような気がする。誰に聞いたのだったか、と私も同じように思い出を探しながら貝に耳を寄せた。
海では皆が、自分の中の海への想いを探し、確かめるように過ごしていた。
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