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それからしばらくして、船に乗る日がやって来た。
宇宙を行く船の中、窓辺で生まれ故郷の青い球体を見つめていた。
小さな頃より誰もが知っていた結末だ。喪失から目を逸らすより、皆は消えてしまう故郷への想いを噛みしめることを選んだ。窓はふさがれず、誰もが見られるようになっていた。
私の中に棲む海が波を寄せて音をたてているのを感じながら、手をそっと伸ばす。
両の掌を器のようにして掲げてみれば、ほんとうの、途方もない大きさを持つはずの海を抱えた星は、そこに収まってしまうほどの距離に来ていた。
ずいぶん遠くになった、と思う。あのふるさとから離れれば離れるほどに、海のものたちのざわめきが増していく。
「……離れてしまうね」
己の中で揺れる水に語りかけるように呟いたとき、ふと、どこかからごうごうと音がするのに気付いた。
「――山に」
そう言ったのは、近くにいた私と同い年くらいの男性だった。風はごうごうと、男性から聞こえてくる。
「俺は山に行ったんです」
言って私の方を見る。あなたは、と問うように。
「……私は、海に」
「海に行った人たちは多かったようですね。やはりなにか、大事な存在なんでしょうね」
「あなたは、山に?」
「ええ。緑と空が見たくなったんです。上へ上へと続く道を登りたくなったんです。そうしたら、山が俺の中に入って来たんです」
いたずらっぽいのにどこか寂しそうな顔を見せる。私は耳を傾けるような仕草をして「だからですね」と言った。
「風の音が聞こえてきました」
今もずっと、男性の体からは葉擦れの音が聞こえてくる。私にさえこんなに聞こえるのなら、本人の内で鳴る音はもっと大きなものだろう。
ざわざわと揺れる木々の音、そこにぱしぱしと当たるような音は何だろう、と思いかけてあぁ、と気付く。
「もしかして、雨が降りました?」
「はい。難儀しました」
葉を打つ雨滴さえもがこの人の内を鳴らし続ける。――私と同じように。
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