ダッシュ！ダッシュ！猛ダッシュ！

ダッシュ！ダシュ！猛ダッシュ！

「コミピアは戦争よ！」

　目の前の友人、里代子(りよこ)は据わった目で言った。

「特に今度は、あの大手サークル“あかぽん屋”さんが久しぶりに出典するわ……！スタートダッシュが肝心よ！！」
「ア、ハイ」

　私は壊れた人形のように、ぎこちなく頷く他ない。ちなみにここは里代子のアパート、そのワンルームである。
　コミピア、というのはコミックユートピアの略。春、夏、秋、冬に行われる大規模な同人即売会のことだ。特に夏は最大規模であり、今年も大々的に宣伝されているイベントである。別名、オタクの聖典と言われている。
　腐った乙女仲間である私と会社の同僚である里代子は、毎年のようにこのイベントに繰り出しているのだが。まあなんといっても、最大規模の同人即売会というだけあって混む。死ぬほど混むのだ。そして、サークルによっては、本を売り出してすぐ即完売ということも有り得るのである。ましてや今回のように、数年沈黙を守っていた超人気サークルが、久々の復活を遂げるとあっては尚更に。

「あかぽん屋さんの新刊を手に入れるためには、しっかりと戦略を練らなければならないわ。負けられない戦いは、イベント開始前から始まっているのよ！」

　彼女の目は萌え……じゃなかった、燃えに燃えている。あかぽん屋さんと言えば、“東京ユートピア”というアニメのジャンルにおいて最大手と言うべきサークルさんだ。コスプレイヤーでもある作家の“にゃるにゃる”さんは、いつもキャラクターの素敵なコスプレ姿でイベントに登場してくれうことで有名なのである。今回はどんなコスプレをしてくれるのか。男性キャラか女性キャラか。彼女はいつも、イベントの売り子に撮影協力にスケブ協力にと大忙しなのである。そのためか、彼女のサークルにたどり着いても、時間帯によっては売り場に本人がいなくて本を買えないという可能性もあるのだ。
　そして、里代子は東京ユートピアの泥沼にハマって抜けられなくなっている生粋の腐女子である。特に彼女が推すカップリングをにゃるにゃるさんがメインで取り扱うようになってからは、とにかくにゃるにゃるさんとその所属サークルを追っかけ回すようになったのだ。残念ながら最近はにゃるにゃるさんのリアルが忙しくなってしまったという理由から、活動をかなり自粛していたようであったのだが――。
　このたび、奇跡の復活を遂げたわけである。このチャンスを、里代子が逃す筈がない。