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(…信じられないような話だ…)  ぼくはそう思った。  そしてよくよく考えてみると、彼女が50億もの宇宙人を見殺しにして、アオゾラ鉱機という会社を解散させ、それどころか社員全員を死刑に追い込み、その結果、故郷から追放された原因は、ぼくにあるということになる。ぼくは怖くなって、話題を変えた。 「と、ところでサ、キミの故郷の星って、チキュー星から何光年離れているの?」  ぼくは先日読んだ、子ども向け科学雑誌で覚えた単位を用いて訊いてみた。 「20億光年」 「に、20億光年!?」  ぼくは目が回りそうになった。彼女の住んでいた星は、チキュー星から12光年程度しか離れていないと思っていたのに、20億光年だなんて…。 「相対性理論によると、光の速さに近づけば近づくほど、時間の流れは遅くなる。わたしの乗ってきた光子ロケットは光速の99.999999999999999999999…」  彼女は延々と9の数字を並べたのち、 「…99998パーセントの速度で移動可能。故に、わたしの体感した時間は50年程度。この年数は、わたしの出身種族の寿命の約1パーセントでしかない。しかし、その間に20億年もの歳月が…20億年もの歳月が…」  ついさっきまで無表情だった女の子の目に、じわりと涙が浮かび、鼻からは、ずるりと洟が垂れ、そして彼女は 「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!」 と、大声をあげて泣き出した。 「20億年もの間に、わたしの故郷は消滅していて、同胞は絶滅していて、仮に生き延びていたとしても、わたしとは似ても似つかぬ形態に進化しているのよ!!!わたしの同胞で生き残っているのは、わたしただ一人だけなのよ!!!!!おどーぢゃーん!!!!!!!おがーぢゃーん!!!!!!!」 (そうか…20億年もの間、彼女はたった独りで宇宙を航海し続け、そして本当に一人ぼっちになってしまったんだ…この子はチキュー星人よりはるかに長い寿命を持っているだろうけど、確実に言えることは、もう彼女には仲間がいないってことだ…)  ぼくは想像を絶するような孤独感を思い、彼女を優しく抱きしめた。 「キミは一人ぼっちでここまで来たんだね…この国にも、12年前の戦争で独りぼっちになった孤児はたくさんいる。独りぼっちなのはキミだけじゃないんだ。ぼくは戦後の生まれだから、キミや、キミと同じような境遇の戦災孤児の気持ちは理解できないかもしれない。でも、孤独な人たちと向き合い、そして孤独な人たちに出来得る限り手を差し伸べよう。キミと出会って、ぼくはそう決心したよ。ところで、キミの名前は何ていうのかい?」 「茅葺き小屋の…グヒッ…一人…ヒック…娘…ズズッ…」 「『茅葺き小屋の一人娘』…か」  女の子――茅葺き小屋の一人娘――は続けて言う。 「でも…ウウッ…もう…ヒック…こんな…グスッ…名前なんて…グシッ…意味は…グヒッ…無いのよ…ズズッ…お前さんが…ウッ…新しい…ズルッ…名前を…グシッ…付けて…ヒッ…ちょうだい…ウウッ…」 (この間国語の授業で習ったけど、小さな小屋のことを昔は…)  ぼくは国語の授業を思い出しながら彼女に話しかける。 「庵(いおり)っていうのはどうかな?」 「庵…いい名前…」  彼女――庵――は、ぼくのシャツを涙と洟でびしょびしょに濡らしながらも自分の新しい名前に賛同してくれた。 「そうだ!キミの口に合うかどうか分からないけど、冷蔵庫からパンビタンを持ってくるよ」  ぼくのお父さんもお母さんも共稼ぎだから、こういう時に勝手に飲み物を持ち出しても、誰にも咎められない。ぼくは冷蔵庫からパンビタンを一本失敬し、コップに氷を入れ、それらと栓抜きをお盆に載せて、部屋に戻る。そして栓抜きでパンビタンの栓を開けてコップに注ぎ、まだぐずっている庵に差し出す。  彼女は最初におずおずと、そして一口飲んでからは目を輝かせた。 「おいしい!」  さっきまでベソをかいていたことが嘘のように、庵は喜んだ。 「そうだ!お前さん、超光速通信機でさっき話した文面で通信を送ってちょうだい」 「えっ?で、でも、そんなことをしたら、何十億もの宇宙人が死んで、キミの会社が潰れて、そしてキミ自身も故郷から追放されることになるよ。そんなことは出来ない…」 「やってちょうだい。でないと、わたしはここに存在しないことになる」 「で、でも…」  ぼくは口ごもった。けれど、庵はこう言い切る。 「因果律が逆転すること自体が、更に大きな因果律に組み込まれているようなもの。因果律には逆らえない」  ぼくには「いんがりつ」というものが、どういうものかが理解できないけれど、要するに「運命」ってヤツかな(いや、ちょっと違うか)?ともあれ、ぼくは机の上の超光速通信機に向き合う。 「えーと、最初に『ハロー』って言葉が来るんだったな」  ぼくはマイクを口元に寄せて、よく分からないが20億年前の庵に呼び掛ける。 「ハロー、コチラチキューセイカスヤグンワジロマチノ、『オマエサン』トヨバレルショウネン。コノメッセージヲジュシンサレタカタハ、アマチュアムセンニテヘントウメッセージヲオオクリクダサイ」
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