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「で?調子はどう?」
上野はどこか神妙な顔つきでそう問うてくる。それが俺自身の調子を尋ねた質問ではないことはすぐにわかった。ゆっくりと割れ物を扱うように俺は手に持っていたカゴバッグを地面に置いた。
「正直…あんまりよくはないかな」
「そっか…」
カゴの中には太郎が入っている。大抵の猫はここに入れて持ち運ぶと中で結構動き回ったりするものだけど、太郎が動いたりすることはほとんどない。ここ最近体調もあまり良くなさそうだし、正直両親には内緒で連れ出している。もしもこれで太郎に何かがあったら家族の縁を切られるくらいの覚悟は持っている。
「家族の手前、あんまり連れ回したくはないんだけどな」
「わかってる。だからこれが最後」
「そうしてもらえると助かる。ただ、何のために?」
「それはこの後説明する。千里が来てから」
それはつまり、俺と梅田、太郎、そして上野が揃った状態でないと意味がないということなのだろう。また、二度説明するには骨が折れる内容だと捉えることもできる。
「そういえばお父さんは?」
不意に気になって尋ねてみる。
「今は用事で宇宙にかえってる。だから二人っきり」
上野はそう言って、なぜかモジモジと手を絡めてこちらから視線をそらせた。これはどう反応するのが正解なんだろう。判断しかねた俺は当然のように黙り込むとこしかできなかった。
「今のは冗談」
数秒の沈黙の末、上野は真顔に戻ってそう答えた。こんなにわかりにくくリアクションの取りにくい冗談はあまり聞いたことがなかった。
「そ、そっか」
取り繕う意味の微笑とともに俺がつぶやくと、上野は何も言わずに家の中に入っていった。その背中を追う俺の心境は当然のことながら芳しいものにはならなかった。
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