第26章 幸せになってほしい

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この時間をあまり長引かせてはいけない。俺は一つ息を吐いた。目を瞑ってできるだけ優しく、素早く唇を近づけた。 
そして柔らかい感触と同時に、全身の神経という神経が上野と繋がったような感覚がした。まるでスイッチが入って電流が流れるようなその感触に気がつけば俺は完全に惚けてしまっていた。
 しかし、しばらくして脳が理解する。この感触は、自分の身体中からエネルギーというエネルギーが吸い取られているから生じるものだと言うことを。だけどそれは不快ではなくどこまでも気持ちの良いものだった。
 時間にするとおそらく数秒間だったのだろうと思うが、それは数時間にも下手すれば数日にも感じられる時間の流れだった。
 上野がゆっくりと顔を離した。その顔は紅潮していたけれど、気のせいかその顔は心から充足された人のそれに見えた。
 そして、次の瞬間、全身の力がふわっと抜けたように感じられたかと思うと、俺は梅田と同じようにその場にへたり込んでしまった。
 今まで経験したことのないその体感に少し戸惑ったけれど、どこが痛いとか辛いとかそういうことは全くなかった。少しばかり眠気を感じたけれど我慢できるレベルだった。一人だけだともっとひどいことになっていたかもしれないということなので、何はともあれ梅田に感謝だ。
 霞む視界の中、上野が俺たちと視界を合わせるためにしゃがみ込んだのが見えた。そして彼女は俺と梅田にそのまま何やら声をかけてきた。
 そこから彼女が何を口にしたのかということは朦朧とした意識だったため、あまりよく覚えていない。その中でも記憶にとどまった言葉はひとつだけだった。
 「ここからは太郎自身の思いと頑張り次第」
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