第27章 行かなきゃいけない

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梅田はそんな俺の様子を一瞥すると、俺の石化が解除されるのをあえて待たないかのように言葉を続ける。 
「葵の力があれば前の世界の記憶を遡って見れるんやろ?顔が分かれば探しに行けるやん。時間はかかるかもしれんけど」
 前の世界…つまり俺と太郎が作り出した世界の記憶を持っているのは上野だけだ。しかし、その記憶を映像化して俺たちにも見える状態にできる。そう言ったのは上野本人だった。
 太郎に力を分け与えたあの日、上野は俺と梅田にそう伝えてきた。それはつまり「神田真央の顔を見ることができる」ということと同義であることはもちろん分かっていたけれど、そこを明言しないところに上野の気遣いがあったのだと思う。
 俺はその時、その申し出を断った。明確な理由はない。ただ純粋に「神田真央の顔を知る」ということが憚られたからだった。
 「神田がどう思ってるのかまだわからないから、それはダメだ」
 その考えは今も変わらなかった。そして、あれから5年が経った今であればその理由ははっきりと明言することができる。
 「もし神田自身が会いに来ることを望んでいないなら、こっちから近づくわけにはいかない」
 あの時俺が上野の提案を断ったのも、おそらくそういう理由だったのだと思う。
 太郎が死んでしまった世界では、太郎はすぐにでも俺に会いたいと思ってくれたのかもしれない。でも、太郎が生き延び、我が家の家族の一員として生活したこの世界で、本当に太郎がそう思っていたのかはわからない。
 ひとりよがりにはなりたくなかった。もしも、太郎が次に生き返るのだとしても、その選択肢を俺が絞ってしまうことになりかねない行動はできるだけ避けたかったのだ。
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