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花は蕾
**竹中さん**
そうっと体育館を覗き込むと、男バスは練習試合の真っ最中だった。
松井くんのポジションは地味だ。外側でボールを回したり、ボールを持ってる人に張りついていたり。あんまりシュートを打ったりはしない。とはいえ、一試合の内には何本かシュートも決まるから、その瞬間を見逃さないようにしなきゃ。
あたしは試合に集中しつつ、今日の一番の目的を探して顔を巡らせた。と、二階の手摺に凭れて談笑する女のひとに目が留まる。いた。松井くんにそっくりな、背の高い、色白美人。大内くんが言ってた通りのひとが。ちょっと遠いけど、西中まで自転車飛ばした甲斐があった。何とかしてお話し出来るかなぁ。
そのとき、わあっと歓声が上がった。大内くんがシュートを決めたのだ。ガッツポーズの大内くんがパスを回した松井くんにニカっと笑いかける。応えるように親指を立てた松井くんも同じような晴れやかな笑顔だ。額に汗がきらきらと輝いている。
自分でも頬が赤くなっているのが分かる。
好きだなあ、って。思った。
「あ、あのっ。松井くんのお母さんですか?」
一度体育館を出た松井くんのお母さんが帰ってきたところに思い切って声を掛けた。今は他の中学校同士が試合中で松井くんたちは隅の方で談笑している。松井くんのお母さんはちょっと驚いたような顔をしたけれど、
「そうだけど、なあに?」
ふわりと笑って首を傾げた。
何週間も前から改稿を重ね、何度も頭の中でシミュレーションした台詞を、あたしは慎重に口にする。
「実はあたし、お菓子作りが趣味で」
趣味ってのは言い過ぎかもしれないけど。
「いつも作り過ぎちゃうから、学校に持って行ってみんなに食べてもらってるんです」
嘘です。食べてもらうために作ってます。
「ただ、この頃レパートリーが尽きてきちゃって」
何だか、松井くんの食いつきがイマイチなんです。
「例えば、松井くんって、どんなお菓子が好きですか?」
それとなく探りを入れたけど、教えてくれないんです。もう、お母さんしか頼れる人がいません!
すごく自然に当たり障りなく訊いたつもりだったけど、お母さんの顔にゆっくりと笑みが広がってゆくのを見て失敗を悟る。バレてる? バレてます。そりゃあ、バレるかぁ。
休みの日にわざわざ他校までやって来ている訳だから。だって今日は松井くんのお母さんが車出しの当番だと聞きつけたので。
でも、笑ったってことは、引かれてはないってことだよね?
「優悟に合わせたら他の子たちが嫌がるんじゃないかなぁ」
お母さんが笑った。
「え?」
いいんです。他の子なんて知ったこっちゃありませんので!
「優悟はおじいちゃん舌なのよ。いちばん好きなお菓子は、おはぎ」
「おはぎ?」
「そう。あとは、みたらし団子とか、わらび餅とか」
和菓子かぁ。作ったことないなぁ。おばあちゃんに教えてもらわなきゃ。
「洋菓子ならクッキーかなぁ」
お母さんは顎に人差し指を当てて小首を傾げている。
「あんまり手が込んでたりちょっと変わってたりするものは好まないのよね。おはぎでも青のりのやつは食べないし。アイスはバニラしか食べないし。プラリネの入ったチョコは嫌がる」
くそう。メモりたい。でも、必死だって思われたくないしなぁ。
「関係ないかもしれないけど、炭酸は飲めないし、お茶は十八茶しか飲まない」
こうやって考えると偏食だなぁ。育て方間違った。と言って、お母さんはくしゃりと眉を下げた。
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