若葉の頃

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若葉の頃

 **松井くん**  先週はシュークリームだった。  その前はカップケーキで、もうひとつ前はスティックパイ。  一年の終わり頃から始まったそれは、二回桜が咲いて最終学年になった今も欠けることなく続いている。  竹中詩織は大人しそうな名前とは裏腹に結構ガサツでよく笑う女だ。制服の裾が捲れるのにも頓着せずにいつも走り回っているし、何故か生傷が絶えない。鈴を転がすみたいにいつもケラケラ笑っているから、いればすぐに分かる。やんちゃな小学生の男の子、といった印象なのだ。  そいつが毎週水曜日に大量のお菓子を持ってやって来る。  それが手作りで意外に美味い。腹を空かせたバスケ部の野郎どもの胃袋を、竹中は掴みまくっている。けれども竹中の目的は分からない。ある日何の脈絡もなくクッキーを持って来て、以来ずっと続いているのだ。  練習を終えた夕暮れの体育館の下駄箱の前で、今日もでかいタッパーが開かれた。期待に満ちた男たちの目が注がれる。暗くなる前に帰れよー、と言って顧問がタッパーの中からひとつ、それを摘まんで行った。くそう。先を越された! 「何でおはぎ?」  大内が笑った。 「うーん。気分?」  竹中が小首を傾げて笑みを零す。  それを耳の端で聞きながら、俺はタッパーに手を伸ばした。あんこのやつと、きなこのやつと。一口サイズのおはぎがきれいに並んでいる。  案外几帳面なんだよなー。  ガサツな行動とは裏腹に、教室の机の中はいつも整頓されているし、プリントを集めればきれいに角を揃えて先生に渡す。こうして持参するお菓子もいつもきれいに並べられている。  まずはあんこに手を伸ばし、咀嚼しながらきなこを手に取る。おー。美味い。一口サイズというのがまた、食べやすくていい。 「松井お前食べ過ぎー」  池谷が笑って言うのに、 「ほっとけ」  短く答えてあんこに手を伸ばす。  和菓子故に人気がないのか、今日はいつもほど皆の手が動いていない。重畳重畳。何なら俺が全部食ってやろう。何を隠そう、おはぎは大好物だ。 「十八茶あるよ」  竹中がぺットボトルを差し出した。  飲み物に関して偏食の激しい俺が唯一飲めるお茶。ミラクル。竹中、グッジョブ! 有難くお茶を頂戴し、きなこに手を伸ばす。 「もうお前、タッパーごと貰って帰れば?」  山本が苦笑した。 「え? いいの?」  俺の目が輝くと、 「いいよ」  竹中が呆れたように笑ってタッパーのふたを差し出した。
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