あのおじいさまのお屋敷で

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「んな、硬くなんなよ。普通の家だと思えよな」  千里が、玄関のドアを開けながら言ったけど。  普通なんて思えるわけないじゃない!!  確か、門を入ってからかなり走ったわよ。  いくつものオブジェも見たわ。  それに、玄関も…まるで外国映画に出てくるお屋敷みたい。 「入れ」  千里に続いて玄関に入ると…とてつもなく広いエントランスホール…  さっさと歩いて行く千里に、声を掛けそびれる。  え…ええええ…?  靴は…脱がないの?  思わず、口が開いたままになってしまった。  確かに…桐生院もお屋敷だけど。  思いきり和風だし… 「おかえりなさいませ」  ふいにホールの脇から声がして、そちらを見ると…  きちんとした身なりの男性が、頭を下げられた。 「ただいま。じーさんは?」 「今、お部屋に」 「そっか」  だ…誰だろ…  あたしがドキドキしながら、千里の後ろからその人を見てると… 「執事の篠田(しのだ)と申します」 『執事の篠田さん』は、一歩あたしに近付いて、そう言われた。 「はっ…はじめまして。桐生院知花です…」  慌ててペコペコとお辞儀をする。 「いつお目にかかれるのかと、楽しみにしておりました」 「えっ…?」 「篠田。余計な事は言うな」 「…かしこまりました」  千里…  あたしの事、話してる…って事だよね…?  あたしが普段より多い心拍数に息を整えてると。 「おお、千里。帰ったか」  上から声が降って来た。  あたしが驚いたように顔をあげると、白髪の方が、階段を下りながら笑われた。 「ようこそ」 「あ…はは…はじめまして。桐生院知花です」  慌てて、深々とお辞儀する。  色々…頭の中がパニック…!!  このお屋敷もだし…執事の篠田さんも…  執事なんて、小説の中でしか存在しないのかと思ってた!! 「まあ、そんな硬くなりなさんな」 「じーさん、厨房貸してくれよ」  おじい様が、あたしに声をかけてくださってるのに。  千里はマイペースに話を進めようとする。 「厨房?」 「こいつの手料理、食わせてもらおうと思って」 「それは名案だな。今夜は料理人が不在で、料亭に何か注文しようとしていた所だ」  おじい様、ニッコリ。 「……」  そ…そうだった。  あたし…今日、料理をしに…って、こんな豪邸で、サバの味噌煮!?  今、おじい様…料亭に注文しようかと…って。  そんなおうちに、あたしの料理って…!! 「あ…あの…」  小さな声で、千里に問いかける。 「何」 「本当に、サバの味噌煮と肉じゃが?」 「なんだよ、自信なくなったか?」  千里は、いつものニヤニヤ顔。  それを見てると… 「…作るわよ」  あたしは唇を尖らせて、千里に続く。 「こちらの食材、お好きな物をお使いください」  いつの間にか厨房にいらした篠田さんが、調理台の上や業務用サイズの冷蔵庫の中にある食材を見せて下さった。  …これ、一般家庭ではありえない食材だし…量もすごい…  いったい、何人家族…? 「篠田、手伝うなよ」 「わたくしに料理など…」 「それもそうか。知花」 「え…っ?」 「デザートがつくと嬉しいんだけどな」  千里が壁にもたれかかって、腕組みをする。  …この人…ポーズだけはすごく…なんて言うか…  カッコいい…よね。  どうすれば自分がカッコ良く見えるか、分かってる気がする。  …それについて来る言葉は、何だか…えっ。って思ってしまうような物だったりするけど。 「聞こえたか?」 「…はい」 「じゃあな」  言うだけ言って、千里は厨房を出て行った。  篠田さんと残されたあたしは…しばし、その広さと食材の多さに呆然とする。 「知花様」 「はっはいっ!!」  突然名前を呼ばれて肩を揺らせた。  振り向くと、篠田さんがエプロンを手に。 「驚かせてしまいましたね。すみません。こちらをお使いください」  …優しい笑顔。 「あ…お…お借りします…」  渡されたエプロンを身につけて、まずは…食材を選ぶ。  サバの味噌煮と肉じゃが。  それと…デザート。  とりあえず…下ごしらえを始めよう。   「偏食家の坊ちゃまには、本当に手を焼いているのです」  下ごしらえをしている間、篠田さんはあたしから離れる事なく…千里の話をされた。  それがもう…あたし的には、意外過ぎて楽しい…!! 「不規則な生活をされてますし、タバコもお酒も多く嗜まれて…歌い手さんだと言うのに、全然ご自身の身体を大事にされていないのではと心配で…」 「…そ…そうなんですか…」  偏食家だなんて、知らなかった…!!  それに…『坊ちゃま』って…!!  神家には『たきさん』という昔から仕えてらした料理人の女性がいらっしゃるのだけど、ご高齢ゆえ最近は休みがちらしく…料亭やホテルから食事を運んでもらったり、シェフに来てもらったりしているそうだ。  …いやいや…別世界過ぎる…  だけど偏食家の千里は、嫌いな物を使わなかったたきさんの料理に慣れ過ぎてて…  どの料理も大量に残してしまう…とか。  …カッコ悪いとこ、発見。 「そのうえ、言葉遣いはああですし、目付きもあまりよろしくはないですから…良きパートナーに恵まれれば、生活から全てにおいて改めていただけるのでは…と思っておりました」  篠田さん、本当に千里の事心配されてるんだ…  優しい人だなあ。 「そう言えば、ご存知ですか?坊ちゃまのここに、小さな傷があるの」  篠田さんの指先は、左眉の端。 「いえ…」 「昨年、木に上って下りれなくなった猫を助けに行って、引っ掛かれた物なんですよ」 「えっ」  つい、驚きの声を上げてしまった。 「ど…動物、好きなんですか?」 「口には出しておっしゃいませんが、お好きなはずです。決死の木登りでしたから」 「……」  好きな物、嫌いな物、と分けてある食材の中から。  嫌いな玉ねぎを大量に切る。  それを見た篠田さんが、笑顔になる。 「そんな面もあるんですね…なんだか、あたしの前ではクールだから、いまいちつかめないって言うか…」 「そうなのですね。では、わたくしが坊ちゃまの仮面を…」  篠田さんがノリノリで話し始めたその時。 「篠田」  ふいに、厨房の入り口から声がして、篠田さんとあたしが振り返ると…千里が斜に構えてこっちを見てた。 「…余計なこと、言うなっつったろ?」 「おや、何のことでしょう?」 「…ったく…」  千里はツカツカとあたしの隣まで来ると… 「玉ねぎ…」  あたしの手元でてんこ盛りになってる玉ねぎを見て、露骨にイヤな顔をした。 「残さず食べてね」  ちょっと切り過ぎたかも。  思いの外、目に沁みてしまって…あたしが涙目になる。 「…玉ねぎで泣くようじゃ、おまえの料理の腕ってのも、まだまだ…ばっ!!何すんだっ!!」  あたし、玉ねぎのエキスがたっぷりついてる左手を、千里の目元に押し当てる。 「くっそ~…おまえ…」  あたしと同じく、涙目になった千里は。 「覚えてろよ。そのうち犯してやるからな」  キッと睨んでそう言った。 「ぼっ坊ちゃま!!なんてことをーっ!!」 「うるさい篠田。俺の女だ。俺の好きにやる」 「坊ちゃまーっ!!」  ……二人のやり取りを聞きながら。  あたしは、千里の言葉を聞かないフリを…した。
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