あの音楽屋で

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あの音楽屋で

「あのっ…」  あたしは勇気をふりしぼって、その人に声をかける。 「…はい?」  その人は驚いたように振り向いて、自分を指差した。 「あの、そのー…」 「……?」  夏休みに入って三日目。  あたしは、音楽屋で…前々から気になっていた男の人に声をかけた。  すごく目を引く人。  茶色い髪の毛に、どこか日本人離れした顔立ち。  ハーフなのかな。  身長も高いし、スタイルもいい。  この人が音楽屋にいる時、数人の女の子が後をつけてるのを見た事がある。  …うん。  カッコいい人だもん。  だからこそ…一人でいる時を見計らって声を掛けた。 「あの…えっと…」 「?」 「バンド…やってらっしゃるんですか?」  あたしの質問が意外だったのか、その人は目をパチパチとさせた後。 「いや、やってない」  ふっ…と笑顔になった。 「ギター…弾いてらっしゃいますよね?」 「え?ああ、うん」 「あの、すごく厚かましいとは思うんですけど…」 「……」 「あたし、友達とバンドを組みたいと思ってて、ギタリストとドラマー探してるんです。ドラマーは、あてがあるんですけど…その…」 「俺をスカウトしてんの?」  あたしが全部を言い切らない内に、その人はそう言って首を傾げた。 「は、はい」  思わず、硬くなっちゃう。  厚かましいって思われたかな…  この人、いつもギター担いでふざけて早弾きとかしてるけど…すごく、上手い。  初めて見た時、きっと周りから見たらマヌケなほど…あたしは目を真ん丸にして驚いた顔をしてた。  それほど…衝撃だった。  この人のギターで歌いたい。  そう思った瞬間でもあった。 「俺、ダチがドラマーでさ」 「え?」 「そいつとバンド組む予定なんだ」 「あー……………そうなんですか…」  ガックリ。  この人のギターで歌いたい…って、本気で思ったんだけど…  そうよね…  あんなに上手ければ、今バンド組んでなくても、引く手あまたに違いないもの… 「…ま、でも、そのあてがダメだったら、声かけて。考えてみるから」  あまりにもあたしのガックリ具合がかわいそうに思えたのか、その人は少し眉を下げて、あたしの顔を覗き込んだ。  考えてみる…か……えっ。  考えてみる!? 「あっ、お願いします!!」  あたしが背筋を伸ばしてそう言うと、その人は優しい笑顔になった。 「でも、ちゃんとした返事は一度合わせてみてからって事で」 「もちろんです!!」 「ところで…何で俺に?」  腕組みをして問いかけられて、あたしは…一瞬口を開けて固まった後…正直にいう事にした。 「時々…売り場のギターを弾かれてますよね…」 「ああ。あれ見てたんだ?」 「ふざけて速弾きされてて…」 「…そっちを見たか…」 「あれを聴いた時、『この人のギターで歌いたい』って思いました」 「……」  ふと、目の前の笑顔が消えた。  え?と思うと…その人は少しだけ考える風な顔をして… 「見た目で言っちゃ悪いって思うけど、君、フォークなイメージ」  うっ…  そ…そうだよね…  黒いウイッグに眼鏡…  誰もあたしがハードロックを歌うとは思わないはず… 「そうですよね…でも実は…ハードロックを歌いたくて…友人と曲を作ってます」 「ハードロック?え?曲も作ってる?」  相当意外だったのか、ぐいぐいと近付かれてしまった。 「あ…は…はい…」 「…んじゃさ、次来る時、何か持って来て」 「えっ…?何かって…」 「音源か譜面」 「……」  まだ聖子と二人でしか合わせてないカセットテープは…正直聴かせたくないって思った。  あたし自身、録音した自分の声を聴くのが苦手なせいもある。  なんて言うか…声を張り上げ過ぎて、音声が割れてしまってるのよ… 「じゃあ…譜面を持って来ます…」 「おー、譜面ちゃんと書いてんのか。立派立派」 「……」  誉められてるのかどうか分からない口調に、あたしが少しだけ固くなってると… 「じゃ、これ。俺の連絡先」  その人は、お店のメモ用紙にペンを走らせて。 「はい」  あたしに、くれた。 「二階堂(にかいどう)(りく)さん…」  書かれた名前を読み上げる。 「君は?」 「あたし、桐生院知花っていいます」 「高校生?」 「はい。桜花の高等部一年です」 「桜花?俺も、桜花。大学一年」 「あ、じゃあ、ご存知かな…」 「ん?」 「あてにしてるドラマー、あたしの友達の幼馴染さんなんです。確か桜花の大学の一年で、お父さまがDeep Redっていうバンドのギタリストで…」 「……」  二階堂さんは、キョトンとしてあたしを見て。 「じゃ、話は早いな」  って、笑った。 「?」 「そいつが、俺のダチのドラマーだし」 「え。」  あたしも、キョトンとしてしまった。 「ま、まずは譜面よろしく」 「あ…はい……でも、何かのカバーでも良ければ…」  てっとり早いかなと思って提案してみると、二階堂さんは小さく首を横に振って。 「いーや、出来れば早いとこ見極めたいからな」  真顔で言った。 「…見極めたい?」 「俺らプロ志向なんだよ。確かにカバーで合わせて云々でもいいけど、やるからには本気のメンツを探したい」 「……」 「だから、譜面持って来て」  そう言ってニッコリ笑った二階堂さんは…笑ってるけど、何だか少し怖いと思ってしまった。  それだけ…本気って事だ。  もしかしたら、あたしなんかにスカウトされたの…イヤだったかな… 「俺、先週からここでバイトしてるから、その友達とおいで」 「はい…分かりました」 「譜面、忘れないように」 「……」  もしかしたら、すごく試されてるのかもしれない。  見た目フォークのあたしが、本当にハードロックの曲を作ってるのか。  二階堂さんは、きっと…自分で自分の実力を分かってる人だと思う。  だとしたら… 「二階堂さんのアレンジが楽しみです」  あたしは、顔を上げて強気に言ってみる。  二階堂さんは一瞬目を丸くした後。 「…言うね。ま、俺も期待してるよ」  不敵な笑みを漏らしたのよ…。
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