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『あたし、明日からロンドン行くのよ…』
二階堂さんに『友達とおいで』と、一見にこやかに言われたけど…
あたしには『譜面持って来てみろよ』って挑戦的に聞こえたわけで。
二階堂さんをスカウトした事を、ようやく聖子に電話して。
とりあえず、一緒に音楽屋に行けたら…と思ってたんだけど…
「え?ロンドン?」
『そ。バイトでね』
「あ、もしかして…モデルの?」
『それ』
バイトでモデル。
聖子はたまにだけど…七生ブランドのショーでモデルをする事がある。
何度か写真を見せてもらったけど…
派手なメイクと服で、最初は聖子だとは分からなかった。
『譜面渡して驚かせて来なよ』
「う…驚いてもらえるかな…」
『自信持ちなって。大丈夫』
出来れば夏休み中には合わせたい。
だとすると、アレンジの時間も要る。
聖子がロンドンから帰るのは二週間後。
となると、早めに譜面を渡したい。
夏休みに入って一週間。
あたしは…相変わらず窮屈な生活を強いられている。
なぜかと言うと…夏休みだと、昼間に来る生徒さんがいるからだ。
そんなわけで、あたしは毎日朝から図書館に出かけて…最初の三日は、宿題を頑張った。
そして、二階堂さんをスカウトした翌日からは…図書館で譜面の書き直しを頑張った。
…窮屈な生活とは言いながらも、おかげで勉強と曲作りははかどってたりする。
図書館の後は、千里と会って…
疲れてるのか、運転席で眠ってしまった千里に付き合って、あたしまでもが眠ってしまったり。
何か面白くない事でもあったのか、一言も喋らず車を走らせる千里に最初はビクビクしながらも…またもや眠ってしまったり。
それでも、結婚してあのマンションに住む。ってお互いの目標が消えてないから…
あたし達は、週に三日、きっちりと会う事を止めずにいる。
「おう…いらっしゃい。」
音楽屋に着くと、二階堂さんがあたしを見て少しだけ目を丸くした。
…本当に来るとは思わなかった…って感じなのかな…
「友達はその…都合が悪くて」
「そっか。で?譜面持って来た?」
「はい」
あたしはトートバッグから茶封筒を取り出す。
「書類みたいだな(笑)」
「…ですよね…」
聖子はいつもカラフルでオシャレな封筒で、譜面を渡して来る。
『NANAO』ってロゴもカッコいいそれを、あたしは勿体なくて使いまわす事が出来ない。
…茶封筒は、お父さんが使ってる社名の入ってない物を拝借した。
茶封筒を手渡すと、二階堂さんはその重みに一瞬眉をしかめた。
「何曲分?」
「あ…三曲入ってます」
「…ふーん…」
気の無い返事をしながら、封筒から譜面を取り出して…
「……」
二階堂さんが、無言になった。
その目は、真剣に音符を拾ってる。
しばらくの沈黙の後…
「…これ、ダチにコピーして渡してもいいか?」
二階堂さんは真顔のままあたしに言った。
「え…あ、はい。もちろんです」
「じゃ、とりあえず二週間。その後、四人の予定が合う日にスタジオに入ろう」
「…分かりました」
「夏休みだよな?二週間後以降に、君と友達の予定を…そうだな…ここに来て教えてくれるか、俺んとこに電話するかで」
「はい」
「じゃ」
二階堂さんが茶封筒を手にお店の奥に消える。
あたしは…すごく緊張してしまってた。
…三曲のアレンジを、二週間で…?
もしかして、あたし…
とんでもない人に声掛けちゃったのかな…
「……」
だけど。
あたしと聖子だって、中途半端な気持ちじゃない。
それに…
自分の作った曲が、どんな風にアレンジされるのか。
「…楽しみにしてます」
あたしは、音楽屋の外から。
お店のネオンサインを見上げながら、つぶやいた。
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