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プロローグ
――あれがバラバラ女だと気づいたとき、すでにすべてが終わっていた。
事の発端は、私の腹についた贅肉を指して、妻ともうすぐ中学に上がる娘が「ブタみたい」と、まるで鬼の首でも獲ったかのように非難しはじめた、夏のある日。
禁煙にも幾度となく失敗し、度を越えた晩酌を妻に白い目で見られ、さらには揚げ物に目がない自堕落な企業戦士である私は、当然のように妻と娘の波状口撃に白旗を上げざるをえなかった。
こうして有罪になった私に下されたのは、《毎朝ジョギングの刑》という単純至極な肉体使役だった。
ジョギングのために妻から支給された安手の黒いジャージを身にまとって走るコースは、まず家を出て、濁るどぶ川沿いの道を抜け、犬の散歩をしているご老輩たちと挨拶を交わしながら、まだ目の覚めない住宅街を走り抜け、踏み切りを渡り、駅の北側へと出て、駅前商店街を抜け、神社へと続く長い坂道を休み休み登り、国道に出て左へと曲がり、栄えているとまではいえないが、そこそこに都会的なオフィスビル群を横目に国道を進み、通称『パンダ公園』という、さほど広くない公園に入り、その中央にある『蛇、或いは純潔の少女』と冠された、不可思議な前衛的彫刻にタッチして帰途に就く、というものである。
私はこの町で生まれ、この町で育った。
この狭い世界が私の全てで、恐らくこの町で死んでいくのだ。
だがこの生き方に疑問など感じたことなどない。
なぜならば、私はこの町を心の底から愛しているのだから。
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